推しの水神 作:八重堂の小説家
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塩の海へ向かって落ちる滝の音が心地よく。
水鳥の尾羽のようなフリルをヒラヒラさせながら、エナメル質の黒い靴がカツカツと石畳を叩く音が鳴り続いていた。そのアクアマリンのような瞳で、遠くに見える砂の世界をちらちらと見つめる。
メリュジーヌたちは、そのかわいい手のひらを顎に当てて『お座りになられないのでしょうか?』って心配してくれている。
フリーナ様へ近づきたがる熱狂的ファンを牽制するため、俺もフリーナ様を囲むように立っていた。スメールだけでなく、稲妻から来た観光客もいるみたいだな。確か最近、鎖国をやめたらしいが。
フリーナ様の着物姿が見たいから、今度仕立ててもらおうかなんて私利私欲を思いつつ。
「まだ来ないのか?」
「ないです」
何度目かになる質問なのだが、あれから報告がないくらい分かっているだろうが。
「そ、そうか……あ、いや、神であるこの僕をこんなに待たせるなんて、旅人は光栄と思ってほしいものだ!」
それでも聞いてくるのは、旅人たちが安全に砂漠を乗り越えられるかどうか、心配だからだ。
「フリーナ様、先程、港へ着いたという報告が」
今回の護衛メンバーの隊長をしてくれているクロリンデがやってきて、フリーナ様へそう告げると、にぱーって明るい笑顔になる。
「うんうん! では我々も持ち場へ着くとしよう!」
俺たちは頭を下げて了承し、フリーナ様へ続いてエレベーターに次々と乗り込む。それにしても、これ1台しかないし、今後観光客が増加すると考えれば、増設するのも、やぶさかなんとかではないな。
ヌヴィレット様がよく使うけど。
なんだっけ、やぶ蛇だっけ。
「……よし」
シミュレーションはバッチリだ、という風にフリーナ様は水神として相応しい
「富める者も貧しき者も、グラスを持つ者も持たざる者も、杯を掲げよう! グラスがない者は代わりに腕を。」
しなやかな両腰に手を当てて、フリーナ様は水神として盛大に、まずは挨拶をした。
それにしても。
あの金髪の少女が旅人なのか。
モンドから始まり、璃月、稲妻、スメールなどなど、様々な冒険を経験しただけはある。いまだ幼さが残る容姿で、フリーナ様と同じくらいの身長でありながら、クロリンデのような剣士の風格がある。
白いワンピースのような衣服はところどころ緑色の輝きを放っており、神の目の持ち主たちと似たようで似てなさそうな、とにかく草元素力を感じる。
「―――祝杯をあげようじゃないか!」
フリーナ様は勇ましく高らかに、そう民衆を盛り上げた。
パーティーみたいなセリフだったが、誰もグラスは持っていない。フリーナ様はドヤァって表情だし、まあ、盛り上がったからヨシ!
それに、あのフワフワ浮かぶ真っ白なスライムみたいな女の子がパイモンか。なんだあれ、何の種族だ?
「―――ようこそ、水の国へ。キミたちの旅の価値と意義を、このフォカロルスが認めよう。さあ思う存分、
嬉しそうなフリーナ様は威厳を出すように、旅人とパイモンを歓迎した。2人がお互い顔を見合っていて、あまり反応がよくないことに。
フリーナ様は『あれれーおかしいぞー』って内心思っていそうだ。
そういえば風神や岩神や雷神は噂程度にしか聞いてこなかったし、スメールシティに行ったが草神すら会ったこともないし、旅人が会ってきた他の神たちは、もしかして神としての雰囲気が全く違うのか?
「その…聞きたいんだけど、なんでオイラたちが来ることを知ってたんだ?」
「うん、キミたち異郷人が凡庸な考えを持ってしまうことは充分に理解できる。しかし、神の中にも平凡な神と優秀な神がいるというのを忘れないでほしい。キミたちが僕の才能に驚くのも無理はないけどね」
とりあえず誤魔化したフリーナ様が『あ、ヤバイ、強く言いすぎたか』みたいに口元がヒクヒクしておる。
まさか水神が、ちょくちょく新聞記者の情報を1日単位で欲しがったなんて言えないだろうしな。有名な占星術師たちと違って、占いができるわけでもないし。
「んあー?」
「コホン……つまりだな―――」
フォンテーヌの民たちはキャーキャー盛り上がっているのに、フリーナ様の演劇のようなトークが旅人たちには全く通じていない。観光客は新鮮な気分で楽しんでくれているが。
恐らくこの旅人たちは、他の神と交流が深いためか、『あ、今度は偉そうなタイプか』程度に思っていそうだ。こうなると、フリーナ様が頑張って、場を盛り上げるしかないが、どうか旅人たちも自己紹介くらいはしてくれ。
ほら、あれじゃん、カッコいい挨拶をしてから、自慢の船でお茶会をしつつ、街へ送り届ける作戦が失敗したじゃん。『どうしたら自然に誘えるだろう』って、友達がほぼいないフリーナ様が、睡眠時間を削って考えたのに。
「……」
「えっと?」
演劇の主役たちが黙っているおかげで民衆たちの声があちこちから聞こえ始めて、これから起こる何かに期待している。それがお茶会や世間話よりは、歴史的な対決のような、もっと盛大で華やかなストーリーを求めているようだ。
「フハハハッ! いかにも―――」
こうなると、フリーナ様は期待に応えて、対決をすることになる。
「そうとも! 僕はこの異郷の旅人と、歴史的な対決をするつもりだ!」
旅人がスメールの片手剣を構える姿に、俺とクロリンデはいつでも動けるよう、それぞれの武器に手を添えた。
どうしようか。
フリーナ様が戦う宣言しちゃったし。
「……ん? コホンッ! キ…キミは、恐れを感じないのか? これは神との対決なんだぞ。」
「神との手合わせなら経験はあるから。」
「あいつくらい強かったらどうするんだよ!?」
こっわ。
どこの神だよ。雷神じゃないよね?
さすがに法に反する決闘は認められないのか、旅人を睨んだクロリンデが腕を組んだことで、その大きな胸はさらに主張される。いや、見てる場合じゃないか。
「何をする気だ、旅人。民の前で神を愚弄するつもりか?」
セノといい、雷元素のやつは全員怖い説、あると思います。
「フリーナ様が出るまでもねぇ! まずは俺たちを相手してもらおうか!」
どうだ、この下っ端セリフは。
フォローついでに、すたたたって俺は走って、旅人たちの近くまで来れたぞ。ここからなら、フリーナ様と旅人たちの会話をフォローしやすい。
にしても、2人とも可愛い。
最推しほどではないが。
「…コホン、気にするな、クロリンデ、ボロンゴ。」
あ、どうも、ボロンゴです。
ゲレゲレだとさすがにカッコ悪いだろ。
「神に向かって剣を抜ける者などそういない…その勇気は讃えよう。彼女は、正真正銘の闘士であると言わざるを得ないな。」
でもどうする、特に稲妻の民がそうみたいだが、まだ水神としての腕前に期待する声は多いようだ。
「だが残念だ…この時代の人々は、常に刺激を望む。単なる武力対決では、飢えた魂を満たすことはできないだろう!」
そして、正義の神として『法廷で対決しよう』と。
「なんか観衆の反響を気にしているのか?」
「神として目立ちたいのかも?」
またコソコソと話しているな。
それでは困るので。
俺が小声で『話を合わせてくれー』と。
「わかったわかった……で、何をするんだ? まさかオイラたちを審判でもする気かよ?」
「罪は犯してない。ここに来たばかりで何もしてない。」
「フフッ、キミたちに審判を下す理由はもちろんあるさ。むしろ…すでに明白だろう?」
なんだっけ、『月初めの3日間は街中で飛行物体を放つこと』は禁止なんだっけ。フリーナ様が直々に、旅人のそんな罪状を述べたことで、民衆たちはこの舞台が歌劇場での審判へ映ることを期待している。
「そういやそんなのあったが……」
「待てよ、オイラ『飛行物体』じゃないぞ!?」
「えっと、鳥やフライムだって飛ぶでしょ?」
すまないが、俺も旅人と同じ認識だぞ。
その『飛行物体』ってマシナリーのことだし。
いや、さては法廷対決なんて言ってしまったから、とりあえず咄嗟に罪状の軽いものを選んだな。さっき剣を抜いたことを罪に問えば、期間はともかく要塞行きにはなるだろうし、民衆を誤魔化すにはこれくらい無茶な話題転換をするしかないか。
「申し訳ございません、フリーナ様。空気を壊すようではありますが…口を挟むことをお許しください。」
「そうだぞ、リネ! オイラ、飛行物体じゃないよな!?」
「ほう? 大魔術師リネ、我が愛しの民よ。僕への反論は許すが、一体どうやってそれが飛行物体でないことを証明する気だい?」
フリーナ様が『どうかいい感じに誤魔化してくれ~』って口元がヒクヒクしておられる。
子どもながらに見事なマジックをするシルクハットの男の子と、その妹さんが、旅人たちの前に出た。確か近日、歌劇場でマジックショーをするって新聞の写真で、フリーナ様も知っていたんだろう。
「ここで一つ、マジックを披露いたしましょう」
パチンっと指を鳴らすと、パイモンを風船に見立てるかのように、炎元素の糸が明るく輝き始める。
リネからすれば、これはマシナリーではなく、気球や風船のようなものだと証明する。魔術師である彼だからこそできるのか、民衆の注目はそのマジックのトリックの解明というか、そちらへ気が向いていた。
「ふっ、ハハハハハッ! 素晴らしいよ、リネ君、それに助手のリネット君。こういう予想外の展開は大好きさ。キミのおかげで、今日の演出は完璧なものになった。」
「演出?」
「演出だったんだ」
「よっ、さすがフリーナ様!」
これにて、今回の劇は終幕ってわけか。
最近 疲れ気味のフリーナ様にあまり負担はかけたくないから、俺はホッとした。もうこれなら、最初から誰かに、歌劇場までお誘いのお手紙でも渡すよう依頼すればよかったな。
「うむ! であれば、審判の件はこれで終わりとしよう。正義の神が無実の者に濡れ衣を着せるわけにはいかないからね。」
リネやリネットへ感謝の代わりなのか、近日中に歌劇場で彼らのマジックショーがあることを民衆へ紹介しつつ、フリーナ様は『ではまた会おう! 皆の者!』と盛大に劇を締めてから、クルリと振り返った。
フォンテーヌで大スターな水神として、フリーナ様はカッコよく挨拶するつもりが、他国の神に対するイメージのズレによって、ややこしい話になってしまった。まあ、恥をかくことにはならなかっただけでヨシとしようか。
相変わらず1台しかないエレベーターは、護衛メンバーで順番待ちのようだし、まだ少しは時間があるな。
「リネ君、リネットちゃん、先日はマジックポケットの件を含めて、ありがとうな」
「いえ、こちらこそフリーナ様も使ってくださるよう、取り計ってくれましたから」
「受け取ってくれる人、かなり増えた」
それは何よりだ。
海の側から引っ越しか、避難の時かはともかく。
海面上昇とか、『予言』を考えるとね。
最近の兆候に対しても民衆は半信半疑で、海の近くにはできるだけ住むなと言っているのにな。数百年前と違い、貧しい人々を中心として、海の側で暮らす者は非常に多くなった。なんなら生きるために、フォンテーヌから1年くらい離れてみてもいいだろうが、なんだかんだ民はこの故郷へ戻ってくる傾向にある。
俺はもちろん、フリーナ様もヌヴィレット様もどこまでの規模の災害になるか予想はついていないらしく、やりすぎなくらい用心しておくに越したことはないのに。
「……貴方に頼めば、フリーナと話すことができる?」
マジックの話とか、予言の話とか、そういうのを子どもたちで話していたが、急に旅人がこちらへ視線を向けてきた。
「ん? ああ。旅人とパイモンは優先的に会えるようにするつもりだ。さっきの詫びもあるし、ケーキと紅茶も用意してな」
「おぉ、ラッキーだぜ! スケジュールが詰まっているって聞いてたぞ!」
ふりふりって幼児体型な足を上下させて喜んでいるの、ほんとかわいいな。てか、なんで飛べるんだ。
「ま、程々にな」
「そうなんだ。大スターみたいだね」
そりゃ、水神に会いたいって希望者を1日に何人も面会に来させていたら、フリーナ様が疲れてしまうからな。
その点、旅人とパイモンなら、楽しいお茶会ができそうだ。ケーキって聞いて笑顔を見せた旅人も、女の子らしい一面があるじゃないか。
「でもお前って、あの偉そうな水神の予定を決めれるのか?」
偉そうって……
生活力皆無で普通の女の子だぞ。
「ふふん、どうだ。こう見えて、フリーナ様の付き人をやらせていただいている」
「まさに黒サングラスのボディーガードって感じだな!」
「ボロンゴさんは僕たちが生まれる前からずっと、フリーナ様を支えているお方だよ」
「とても話の通じる人」
「……長生きなんだね」
旅人の目が細まっていて、こちらの何かを感じ取られた気がする。たぶん元素力とか、そういうものだとは思う。こちら側の事情についてまでは、まだテイワットのどこへ行っても、情報は広まっていないはずだし。
俺からしても、彼女は他のテイワットの人々とは雰囲気が違うように思えるしな。試してみるか。
「……日本、アメリカ」
「……?」
なんだ、こっちの話とは全く違うのか。
俺は手のひらをヒラヒラさせる。
「最近読んだ本をふと思い出しただけだ。忘れてくれ」
『ともかく』と言いつつ、俺は黒い手袋を軽く叩き合わせる。
「リネ君とリネットちゃんのマジックショーを歌劇場に見に来るようだし。その後に、フリーナ様とのお茶会を設定しておこうか?」
「おう! ボロンゴ! いーっぱいケーキを用意しておいてくれよ!」
「うん。楽しみにしてる」
旅人とパイモン、リネ君やリネットちゃんに、ひとときの別れを告げた。
フリーナ様に珍しく友達ができそうだな。それに、お茶会の約束を取り付けたって聞けば、大喜びしそうで今からワクワクしてくるな。
最近の……疲れを、少しでも癒してほしいしな。