推しの水神 作:八重堂の小説家
『フォンテーヌ人はみな、生まれた時から「罪」を抱えている。正義の国フォンテーヌがどれほど審判を行おうと、それが消えることはない。フォンテーヌの海面が上昇し、罪を背負いし人々が海水に飲み込まれるまで』
『人々はみな海の中に溶け、水神は自らの
どこの誰か知らんが、面倒な予言だろ?
今を生きるフォンテーヌ人からすれば、すでに500年も前のことだ。だが確かに津波を防ぐため、この街は高い城壁に守られるように設計された。俺からすれば、巨人の侵入だって防ぐことができるほどの立派な壁に思える。
さて、予言はいつ起きるのか、皆が気になっていることだろう。
我々がいつ海によって処刑されるのか、それはフリーナ様やヌヴィレット様にだって分からないことだ。だから人々は生まれてから老いて死ぬまで、毎日怯えていても仕方がないと考えるようになり、いつしか予言を深刻に捉える人は減っていってしまった。
だが、ここ最近の海面上昇は顕著だ。
そろそろ予言は起こりうる。
想像を絶する大災害を待ち構えるために、フォンテーヌの科学は著しい発達を遂げた。船も飛行船も、保存食も、この城壁だってそうだ。フリーナ様は科学院に対する研究費の支出を惜しまない。他国と貿易をして、その文化や情報を共有してもらうことも推奨してきた。
予言にある通り、神の力でさえ防ぎきれない規模と思われる。先祖たちの多くはそれを念頭に置いて、後世のキミたちに少しでも財産を残そうと日々働いたものだぞ。キミたちも大災害は未然に防ぐことはできないと思って行動してほしい。
つまりだな。
各自が最大限の準備をするべきだ。
もし仮に、罪を受け入れたとして……
死んだら贖罪の機会すらないじゃないか。
フォンテーヌの審判において、過去の1度も死刑はないだろう?
「……どうだ?」
「はい! これはとっても良い記事になりそうです!」
うん、良い肩出しだ。
彼女は素早く動かしていたペンを止めて、そのエメラルドのような純粋な瞳で、べた褒めしてくれる。
お写真もいいですか とカメラを構えたので、俺は片腕で壁にもたれかかるようにポーズをとった。
それにしても手頃な撮影場所として、壁を選んだのはやはり正解だったな。ほら、有名アーティストのCDジャケットって、とりあえず壁とかありそうじゃん。
「そろそろいいか?」
「はい! 本日はお忙しい中、インタビューを受け入れてくださって、本当にありがとうございます!」
うむ、と俺はフリーナ様っぽく答えてみる。
どの記者も本音は、フリーナ様やヌヴィレット様を取材したいのだろうが、最近、疲れ気味なフリーナ様はメディアの前に出たがらないしな。ヌヴィレット様に至っては、口下手だからって、ずっと取材NGだし。
「予言にどう動いていけばいいのか分からず、我々の最新情報を求めている人々のためになるようなメッセージでした。さすがはフリーナ様が、過去から現在にかけて唯一の付き人とされている お方です!」
「どやぁ」
犬や猫感覚で拾ってこられた身だが。
もしものときは、水神の盾になれるぞ。
「是非とも! ありのままのご尊顔を撮影させていただきたいところなのですが」
「おっと悪い、そこから先はNGだ」
ミニスカートで肩出しな美少女がぐいぐい迫って来るから、危うく口が滑るところだった。
褒め方も純粋さから滲み出たものだし、話術だって本能でやってそうだ。このピンク髪で新聞記者の美少女なシャルロットが書いた『七星召喚王グランプリ』の記事も見事なもので、フォンテーヌがこんな事態でなければ是非とも参加したかった。
「はい、分かりました! 歴代の先輩たちも挑み、儚く散っていった謎! 黒いサングラスの下に隠された瞳は何色なのか! 私の代では諦めることにします!」
もうそんな代替わり時期だったか。
こっちは墓まで持っていくつもりだぞ。
「そうだ、今は私、ある事件も並行して追っているのですが……」
「事件? 予言以外のことか?」
たぶん素でしょんぼりとした表情だ。
NGなこと以外ならなんでも答えちゃいそう。
「ええ。連続少女失踪事件を追っているのですが」
「実行犯は逮捕されるが……ってやつか」
もし目の前の美少女とか、それこそフリーナ様が行方不明になったらと思うとゾッとする。もう20年前から度々起こっている失踪事件だが、犯行の手口からして同一の黒幕がいると思われる。かなり用意周到なやつで、ヌヴィレット様の推理もメリュジーヌたちの観察眼もすり抜けてきた。
「みんなには申し訳ないが、いたちごっこってやつだろうな。その事件について、解決に導けるような明るい話は聞いていないから」
「いえいえ! こちらこそ、差し出がましい質問をしてしまい、申し訳ございません」
気にしないでくれ、と言いつつ慌てて、俺は頭を上げさせる。
てか、美少女に手を出すとか、フォンテーヌ国紳士として許せない話だよな。今ではますます、女性とメリュジーヌとフリーナ様は大切にしようって、多くのフォンテーヌの男たちは考えている傾向にある。心臓を捧げよ!
過去のことも、現在のことも、フォンテーヌには解決すべき問題が積み重なってしまっているな。
「あ、そろそろお時間でしたよね。他にも聞きたいことはあるのですが……ほら、フリーナ様との関係性とか~?」
「残念ながら、数百年の腐れ縁みたいなものだ。フリーナ様とヌヴィレット様で何とかなるのだから、わざわざ付き人を変えると引き継ぎも面倒だろ」
そういうことにしておきます!ってニヤニヤを崩さないのだが、シャルロットちゃんも年相応の少女って感じでかわいいと思います。もし誰かがアプローチをかける際は、俺を通してからにしてもらおうか。
「本日はありがとうございます! また予言に関する記事を書くことになった際に、是非ともよろしくお願いいたします!」
こちらこそ是非とも。
良い記者だし、目の保養になるしな。
「ああ。もしこちらに進展があれば、その時は君を指名させてもらおうかな?」
またまた~ って渾身のイケボは回避されたが。
やっぱりイケメン専用言語だったか。
もしまた生まれ変わるなら、次は普通くらいの容姿にはなりたいものだな。いや、もう2度目はこりごりだわ。
「じゃあな。またいつか会おう」
「はい! ありがとうございました!」
俺が帰り始める素振りを見せて一度振り返ってみると、ぺこりと頭を下げてから急いで新聞社へ走っていく姿が見えた。まるでスキップでもするかのようで、スチームバードの中でもどんどん昇り詰めている理由がいろいろと伝わってくる。
氷元素の神の目を太ももに身に着けていたが、戦える記者として、世界各国を旅して記事を書く行動力は輝いて見えた。
「ん、雨か……」
今日の歌劇場は、審判の日だったか。
『水龍 水龍 泣かないで!』って子どもたちを中心に、あちこちから空へ向かって叫び始めた。フォンテーヌ人は水の国ということもあって、傘を差さない者は多い。さすがにレディーはその華麗なドレスが濡れるのを守るために傘を開いているが、それよりはパラソル付きの椅子や店内に避難して、この穏やかな雨が止むのを待つ人が多い。
誰かが流した涙を見守るように。
「……ん?」
「……おっと、すまない」
水の瞳を腰へ身に着けた男とすれ違いつつ、俺はパレ・メルモニアに向かった。どうにも今日は初対面の神の目の所持者に会うな。神の目のバーゲンセールかよ。
う、羨ましくなんてないんだからね。
受付事務で休憩のはずのセドナがぴょこぴょこ歩きながら、タオルを配っている姿が見えた。メリュジーヌの中でも1番くらいに丁寧で真面目で気が利くが、彼女たちって種族的に頑張りすぎるところがあるから、がっつり休んでいいって言っているのにな。
「フリーナ様は?」
受け取ったタオルへ、蒼い髪の水分を吸わせながら、彼女へ俺はそう尋ねる。
「いえ、お部屋から出ておりませんが……何か私たちにできることはありますか?」
セドナも、今日の会議から出ていく時の表情はやっぱり見ていたか。
科学院からの報告はいつも通りの海面上昇だったし、避難用の船や飛行船も、食糧や物資の備蓄も、人口に対して全く足りていない状態だ。こうなればスネージナヤの援助を提案するしかないが、その前にファデュイの執行官が会談を求めている噂まで来ている。メロピデ要塞だって、もしものことが起きた際は、フリーナ様かヌヴィレット様を派遣を求めているし。
ほんと、問題が山積みだな。
決闘代理人の事務からまたもや制服を拝借してきて、パレ・メルモニアの奥にあるフリーナ様の部屋の前までやってきた。
「ノックしてもしもーし。 お一人様ですが」
「……開ける」
内側から鍵を開けられるタイプの部屋で、扉へ近づかなければ声が漏れない設計だ。500年も経過すれば、大量の本や資料は溜まっていく一方だが、ここで活用できる俺の長所は片付けくらいしかないので、我ながら図書館みたいになったな。
また床のあちこちに、付箋のついた本が転がっているが。
こっちの部屋でも眠れるように、一般人が使うようなベッドはある。そこへフリーナ様は腰かけていて、その腰まで届く後ろ髪は絹のようにぺたりとなっていた。それでいて、最近お気に入りの服は皺はなく、ベッドで寝そべった形跡はない。
光を失いつつある宝石の瞳が、こちらを見上げた。
「記者はどうだった? 僕のこと、馬鹿にしてた?」
「そんなわけあるかよ」
落ちている本を、あらかじめ空けておいた棚へ片付けながら答える。
本は五十音順になんて並べてはいなくて、いわゆる新しい順だ。左にいけばいくほど、最近は読んでいない順といったところか。この本なんて、もう300年も前でボロボロじゃないか。
「嘘だ。水神なら何でもできるんじゃないかとか、水神は何もしてくれないとか」
「……何もしてないわけあるかよ」
メリュジーヌたちも、ヌヴィレット様も貴女も、こっちが休ませないと働き続けてしまう。決して承認欲求などではなく、誰かのためになりたいって本能で考えている。辛い時も悲しい時も涙を見せないし、与えられた役目を絶対にこなそうとする責任感だってある。
「でも結局、僕は……」
「あまりおしゃべりだと、口が滑ってしまうぜ」
事情は知らないが、あまり自分のことについて、話せない理由があるくらいは察している。
「それは貴女の望みじゃなかっただろ?」
「僕の望みは……」
俺からすれば、貴女が苦悩し続けて、ヌヴィレット様が実行に動いているように、フォンテーヌ人全員を救うなんてスケールがでかすぎる。全員をどうやって津波から救えばいいんだ。
俺は手が届く範囲だけでいいって内心思っているのが、ホントみじめになってくる。
「今更、教える気にならないでくれ」
こんな喧嘩の終わり方で勝っても嬉しくもなんともない。こっちは年を重ねるごとに精神と記憶は摩耗していくもので、いつ身体の制御が効かなくなるか分からないから、眠らずに耐えているのに。
「……うん、そうだったね」
『最推しの秘密を知りたい』、それ目的だけで俺は生き長らえているんだからな。そんな風に涙を流しながらなんて聞きたくはない。ちゃんと笑顔で話せるようになるまで聞くつもりもない。
フリーナ様は顔を上げて、綺麗な瞳を見せた。
「コホン さーて、そろそろ夕暮れ時かな?」
「ん、雨もそろそろ
お互いそろそろ、楽になりたいものだな。
俺は、シルクハットを彼女の頭へ被せた。
俺の黒い手袋は、彼女の小さな手袋を握る。
そういや、いまだ直接触れたことはないな。
「そういえば。先程キミは外出したんだったら、どうしてケーキを買ってこないのかな?」
「ケーキの前に、まず肉と野菜を食うんだな」
部屋から一歩でも出たなら、フリーナ様は水神として振る舞わなければならない。パレ・メルモニアの人々からは頭を下げられ、民たちは大スターとして笑顔で迎え入れてくれる。
「我が愛しの民よ、1日はあっという間に過ぎゆくものだな。今日という日もフォンテーヌの繁栄のため働いてくれた者はすべて、賞賛されるべきさ!」
歌劇の1幕を演じているかのように、フリーナ様は優雅に身体を動かして台詞を響かせる。パレ・メルモニアの前に集まってきた人々から拍手され、水神として崇められる。
そんな、いつもの光景だ。
「さて、皆の者、今宵も安らかに過ごすといい!」
民衆が開けた道を、フリーナ様は堂々と歩く。
その少し後ろを護衛として俺は歩くが。
夕日に照らされる影だけは手を繋ぐ。
俺とフリーナ様の関係性を聞かれて咄嗟に誤魔化したが……『共依存』って言葉が当てはまりそうだな。