推しの水神   作:八重堂の小説家

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第5話

 

 今日も歌劇場はどんどん賑わっていく。

 

 フォンテーヌの民や他国の観光客は赤い絨毯を歩き、彼ら彼女らはシックな木製の指定座席に座っていく。美しい銀髪の青年も、『水』のボトルとグラスを携えて最前列へ向かっていった。

 

 最高審判官以外にも、刑事事件に引っ張りだこな彼も、珍しく今日は休暇だったか。

 

 ヌヴィレット様はよく歌劇も観に来るが、そういえばフリーナ様と一緒に観ることは少なくなったな。やっぱりここは七星召喚でも教えて、共通の趣味でも身につけなければ、会話が広がらないのではないか。

 

 なんて冗談はともかく。

 フリーナ様が避けているからだ。

 

 なあなあな俺と違って、彼はこの国の未来をちゃんと考えているから、フリーナ様と細かく話し合いたいと思っている節はある。科学院はフリーナ様の管轄だから、海面上昇の理由を探っていることも知らないだろうしな。

 

 フリーナ様からすれば、何も話さない上司に対して、部下として不満を持っているのでは、と内心申し訳なく思っている。そして謝ろうにも、『秘密』を話せないから、謝罪の言葉も思いつかず、もう何百年もこじらせているわけだ。

 

 フリーナ様も、ヌヴィレット様も、まじで友達が少ないってことだ。

 

 だからか。

 

「……あれ、旅人たちはここに来ないのかい?」

 

 水神様専用になっている椅子へ座り、優雅に足を組んで、顎に手を当てるポーズをとり続けている。このVIP席から、フリーナ様は金髪の少女たちを見下ろしつつ、口元をヒクヒクさせた。

 

「旅人とパイモンを招待したのは、リネ君たちだろ? 先約を無下にするわけにも、やぶさかなんとか」

 

「相変わらずキミは、演技が下手だな」

 

 じとーって、その宝石のような瞳だけを、隣に立っている俺へ向けてくる。太ももを見られていることがバレないよう、すぐさま俺は彼女へ視線を合わせた。

 

「申し訳ございません。この後に予定されたお茶会のことのみ、招待しておりました」

 

 端的には、すっかり忘れてたぜ。

 

「キミってやっぱり、水神であるこの僕に対して……いや、今はいいか」

 

 たぶん心の中で『あんなに楽しそうに話してて羨ましいなぁ』と思いながら、彼女はヌヴィレット様や旅人たちへ視線を戻した。俺からすれば、楽しく盛り上がっているようには見えないが。

 

 おっと、旅人たちがこっちへ気づいたか。

 ヌヴィレット様が気を利かせてくれて。

 

「ふふん。僕はどう見えていると思う?」

 

「かわ…カッコいいです」

 

 『だろ?』と、ドヤ顔な彼女は最高にカッコいいポーズを崩さない。いつ旅人が来るか分からないからって、もう1時間はそのままの体勢なのは流石だと言いたいし、流石だ。

 

 さて、開演までまだ30分もあるから、それまでサングラス越しに、モチモチな太ももでも見てるか。

 

 それに。

 いつだって劇を観る前はワクワクする。

 

 フリーナ様と一緒に、今日のお茶会のことで出す話題でも吟味していたら、時間はあっという間に過ぎていくものだ。どうやら周りを気にせず、旅人やパイモンと話せる機会を、本当に楽しみにしているようだ。

 

 始まるアナウンスが入れば、照明はゆっくりと消えていく。

 

「本日はお忙しい中、エピクレシス歌劇場へお越しいただきありがとうございます。本日のパフォーマー、リネです」

 

 シルクハットの少年マジシャンと、そのアシスタントのリネットちゃんが、並んで挨拶をしてくれる。いやほんと、どっちもかわいい兄妹で微笑ましくなる。

 

 小手調べなパフォーマンスに、フリーナ様も十分満足な表情を見せた。

 

「皆さん、こう思っていませんか。自由に元素力を使える『神の目』を持つ我々にとっては、マジックなんて簡単だろうと」

 

 リネ君は炎元素、リネットちゃんは風元素、それぞれの輝きを持つ『神の目』を、俺たち観客へ見せるように掲げた。ほう、確かにクロリンデが雷元素の力を使えば、魔法みたいに俺は両手を上げて降参するぞ。

 

 なんてな。

 

 貴女の表情が硬くなっていること、薄暗いおかげで気づいているのは俺くらいか。

 

 神の目をアシスタントへ手渡したリネ君たちの準備ができたようで、観客は誰もが食い入るように見ていることだろう。これから始まるのは、正真正銘に人間の力なのだと。

 

「マジシャンの極意は

 有から無へ

 無から有へ

 千変万化を成し遂げること」

 

 宙に浮かぶシルクハット、パラパラと落ちるトランプ、羽ばたいていった鳩、どれもいわゆる伝統的なマジックを見せており、まさに朝飯前という風に見せてくれる。

 

 フリーナ様も俺も、真似しようとしてもトランプをばら撒くだけだからな。

 

「僕が唯一無二であると証明するには……どうすればいい?」

 

 つまりここからが本番で、リネ君ならではのマジックなのだと。

 

「衆目の中、この水の牢獄から、妹の姿を消してみせましょう!」

 

 天空から吊り上げられた水槽は、水で満たされており、その牢獄の中へリネットちゃんは自ら飛び込んだ。リネ君がパチンと指を弾けば、唯一の戸は閉まってしまう。

 

 こうなれば、水の中で囚われの身だ。

 

 リネットちゃんの迫真の演技もあって、フリーナ様からは『はわわわわ』って声が漏れているし、知り合いがああいう危険に遭っていることに、内心は俺だって緊張してしまう。

 

「さあ、僕の真の実力をお見せしましょう!」

 

 再びパチンと指を弾けば、ブクブクと泡が水槽の中身を包んだ。

 

「リネット!?」

 

 水槽の中に残ったのは、リネットちゃんが着ていた服だけだ。

 

 俺もフリーナ様も思わず、手すりから身を乗り出すように、VIP席の前方へ出た。まるで『人々が海に溶ける』という予言の一部を表しているかのようだった。

 

「あんまり離れないでくれよ。魔力が尽きたらバレちゃう」

 

 シルクハットで表情が隠された少年は、フッと笑みをこぼした気がした。

 

 被り直したリネ君は手を伸ばす。

 優しい兄の目で迎え入れるために。

 

「さあリネット、そろそろ出ておいで」

 

「うん、ただいま」

 

 猫耳をぴょこぴょこさせつつ、服装もそのままのリネットちゃんはスポットライトを浴びた。水にすら濡れておらず、水槽脱出をこの短時間で完成させるなんてな。

 

 あちこちから拍手が巻き起こったうちに、ニコニコと笑顔を見せるフリーナ様は席へ戻ってから、手をパチパチと叩く。それに、今はスポットライトが当たってないからだろうか。

 

 自然に笑顔を見せる最推しの姿に、俺は見とれていた。

 

 それもほんの一瞬で。

 いつもの水神の表情になるが。

 

「皆さん、水槽脱出のマジック、まさかリネットだから成功した……なんて思っていませんか?」

 

 シルクハットからデフォルメされた黒猫を見せながら、リネ君はまだ更なるマジックを見せるらしい。この小休憩の間に手際よく、1つは舞台へ、1つは観客席へ、人が入れるほど大きな箱が運ばれていた。

 

 どうやら次は、あの抽選機で観客の中から、臨時アシスタントを決めるらしい。この歌劇場で参加型のマジックショーをするなんて、よほどの自信があるわけだし、それでいてエンターテインメントでもあるな。

 

 幸運にも選ばれた女性は、観客席の箱へ案内される。

 

「さて、皆さんに1つお願いしたいことがあります。どうか、カウントダウンをしていただけませんか?」

 

 それを告げた後、リネ君と、観客の女性はそれぞれの箱へ入る。それぞれの箱はかなり距離があり、先程運ばれたばかりの箱だから、たった1分で移動マジックをするつもりらしい。

 

 60、59、58、……と観客は数え始める。

 

 フリーナ様も『ろく……』ってノリノリで口に出しかけて、コホンと誤魔化した。それと、40秒あたりで ドゴッって鈍い音が鳴ったのは、それも演出の1つだろうか。

 

「準備はほぼ完了、2人の位置を入れ替えるのは大掛かりだね」

 

 10秒あたりで、スポットライトはそれぞれの箱へ当てられた。拡声されたリネ君のセリフは、俺たちを飽きさせず、カウントダウンを進ませる。

 

 パイモンに釣られてか、最前列にいる旅人も声を出している様子が見えた。

 

「「「「ゼロ!!」」」」

 

 またしても俺やフリーナ様は、身を乗り出すように、観客席の箱を見つめる。

 

「じゃじゃーん!」

 

 リネ君は両手を上げて箱の扉から現れた。彼が別の箱の中をワープしたようで、それならばと、次は演出の火が上がっているステージへ視線を向けた。

 

 ダンッッッ

 そんな鈍い音が響き渡る。

 

 先程マジックに使われた水槽が落ちてきて、箱は粉砕されてしまっていた。

 

 付近には確かもう1人のアシスタントがいたはずで、なんなら位置を交換した女性も押し潰されてしまったのでは、と思ってしまう。誰もがこれも演出なのかとリネ君を見るが、最も動揺しているのは彼だ。

 

「なんてことだ……」

 

 マジックショーで起こった事故に、人々がパニックになるのも仕方ないか。確実に1人が犠牲になっていることは、ハッキリしているしな。こういったトラブルが日常茶飯事ってわけでもないし。

 

 俺は、手すりで見えないよう、手探りで伸ばしてきた右手を強く掴む。

 

「……公演中止だ! 医療スタッフは私についてこい。警察隊は現場を保護し、すべての出演者を押さえろ。歌劇場の出入り口も一時的に封鎖する!」

 

 ヌヴィレット様の声が響き渡り、人々はホッとしたように元々の席へ座っていった。混乱する民衆を静め、冷静にさせることに関しては、まるで神のような威厳を持っている。

 

 俺はそっと手を放して、彼女の後ろへ下がる。

 

 民衆の中では、事故なのか、犯行なのかと、議論が始まっている。まあ不謹慎だが、人間らしいとも言える。どっちにしろリネ君を責める声は、身内が大事な俺からすれば『野次』にしか聞こえないが。

 

 最高審判官と、そして正義の神がいれば、まるで歌劇のように審判は正しく終幕するという信頼があるからなのか。

 

「その通りだ! 事故なら原因を特定しなければならない。だが、事故じゃなかったら、その時は正義の神の審判は免れない!」

 

 ともかく水神として、場を仕切るように振る舞わなければならない。

 

「さあ! しばし、警察隊の調査結果を待つとしようじゃないか!」

 

 貴女が何百年も期待しているように、『盛大で、劇のような、すべてを終わらせる美しい審判』になるかどうか。いまだそのような審判には出会えておらず、しかも最近は傍観することが多かったが。

 

 何かを考えこんでいるリネ君のところへ、心配そうにリネットちゃんや旅人たちが駆けつけている。確かに、旅人は他国の神とも関わり、そして良い方向に変化を及ぼしたとも聞くし。

 

「フフ…… 神であるこの僕の前では、どんなトリックも通用しないよ?」

 

 深海のような瞳で、旅人たちを見下ろした。

 

 

 

 

 

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