推しの水神   作:八重堂の小説家

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第6話 

 

 マジックボックスの中にいた男性アシスタントの死亡は確認された。

 

 警察隊が慌ただしく調査をしているのを横目に、容疑者の可能性が少しでもある人々は席から一歩も動くことはできない。その間にも様々な憶測が飛び交い、リネ君を早く審判にかけるべきだという声は大きい。

 

 なぜ彼は箱の中にいたのか。

 少女はどこへ消えてしまったのか。

 フリーナ様はどう判断なされるのか。

 

 だが、警察隊の調査でも、ヌヴィレット様の推理でも、謎は深まるばかりのようだ。

 ただ、これだけ重大な刑事事件はこのフォンテーヌではそこまで多くはない。そして、この手口はどうにも連続少女失踪事件と関連性があり、同一犯もしくは模倣犯なのでは、と。

 

 俺含めて素人が単純に考えれば、ヌヴィレット様の言う通り、魔術団の中に犯人の可能性が高く見えてしまうのも仕方がないことだ。とりわけ、メインでマジックを行っていたリネ君が怪しく思えてくる。

 

 マジックショーの最中に誘拐が起き、それでいてアシスタントが亡くなっているのだ。ステージの準備をしたのは彼らで、直前に確認だってしているはずだろう。少女が参加型のマジックの途中で消えるには、マジックショーの内容を把握していなければならないからな。

 

 非情にも野次は飛び交い、このまま審判の決着を見物したい人がいたり、さっさと帰りたい人がいたり、ヌヴィレット様でも抑えきれないほど、歌劇場の喧騒は大きくなっていく。

 

 フリーナ様へ、『正義』を期待する視線もどんどん多くなってきたな。神ならこれくらいの事件など、すぐに見通してしまうのだと思われている。こっちからすれば、事件の調査にすら踏み入れられないから、分かるわけないが。

 

「フフフ だいたい分かったよ。僕たちも見くびられたものだね?」

 

 フリーナ様の声が響き渡り、さらにこちらへ注目が集まった。

 

「腕の立つ全能の魔術師、リネ君こそが、連続少女失踪事件の首謀者じゃないのか?」

「どうして僕が? これは完全なアクシデントだ!」

 

 ヌヴィレット様が、『一連の事件とも多くの特徴が一致している』といった言葉を、鵜呑みにするしかないか。ここから見聞きした情報しかなく、警察隊の調査がまだ途中だってのに。

 

 だが、リネ君を名指しするには、さすがに安直すぎるように思える。彼が驚いているのも、ある程度は民衆を味方につけようとする演技のようだし。1番最初に疑われる状況で、失踪事件を起こすリスクを選ぶような少年ではないはずだ。

 

「すべてはマジックショーの最中に起こったことだ。少女が選ばれて消えたことも、キミのアシスタントが帰らぬ人になったことも、ね?」

 

「……」

「で、でも、こいつはずっと舞台上の箱の中から、オイラたちに話しかけてきたし、出会ったときから、失踪事件の犯人を捕まえたいって言ってたんだ!」

 

「タイミングがおかしいと思う。1番に怪しまれる時に事件を起こすと思う?」

 

 旅人やパイモンの擁護に、フリーナ様は『そ、それはだな……』と小さく呟くが、民たちはその推理に賛同したり、正義の神として崇めたり、水神自ら審判の告発をするのだと期待したり。

 

 ヌヴィレット様が、トンッと軽く杖でステージを叩いた。

 

「言い争いはそこまでだ。フリーナ殿、今の発言はリネ君や、その仲間に対する告発と受け取ってよろしいか?」

 

「え? いや、告発については時期尚早というか……

 

 場の雰囲気に流されて、これ以上は口を滑らせるとマズいので、ヌヴィレット様が喧騒を止めてくれた。フリーナ様も、民衆たちがヒートアップしてしまっていることに気づいたようだ。

 

 それに、『仲間に対する告発』という点で助け舟を出されたか。

 ヌヴィレット様もマジックショーの準備に関わった者にしか、事件を起こしようがないと判断しているようだな。そういった内容を俺がコソコソと伝えると、自信満々に彼女は両腰に手を当てた。

 

「うむ。当たり前だろう? リネ君か、そのアシスタントたちの中に真犯人がいることは明白さ!」

 

「では、魔術団に属する真犯人に対する告発、ということでよろしいかな」

 

 それに大きく頷いたフリーナ様は、スッと指先を旅人たちへ向けた。

 

「さて、そこの異郷の旅人よ。キミは彼ら彼女らに手を差し伸べるんだろう?」

 

 おそらく、それはフリーナ様の希望ということか。

 『盛大で、劇のような、すべてを終わらせる美しい審判』となるには、水神に相対できるほどの相手が必要なのだろう。かの雷電将軍へ立ち向かったとも聞き、先日は実際にフリーナ様へ向かって、剣を抜くほどの胆力を見せた。

 

 ならば、この審判も、運命なのではないか。

 

「前回は引き分けだったが、いずれ必ずキミとの決着はつく。そのクライマックスが遅かれ早かれ訪れるとするなら、『歌劇のフィナーレ』にこそ ふさわしい!」

 

「……うん。私は魔術団の味方をする」

 

「よかろう、告発成立だ。告発があれば、審判するのみ。」

 

 明日、この歌劇場で審判を行うこと。

 自由に調査する権利が与えられたこと。

 

 それと、リネ君とその魔術団は、当事者として全員待機が命じられる。

 そういった内容がヌヴィレット様から告げられ、他の観客たちは警察隊の軽い調査を受けて、これで退出が可能となった。ただ、明日にある演劇を楽しみにするかのように話し合っていて、多くの人が審判を観に来そうだな。

 

「フフフッ、名高き大物の旅人が、一体どんな波を巻き込ませるか、明日は心から楽しませてもらうよ」

 

 盛大にそう告げて、クルリと振り返り。

 こちらへ疲れた表情を見せた。

 

 人魚のような綺麗な後ろ髪を、俺は追いかける。

 

「調査はどうされますか?」

「すまない。少し休憩させてくれ」

 

 マジックショーの前から、調査の終わりまで、数時間は経過しているか。それに、フォンテーヌの民が1人亡くなり、現在も少女が失踪している。ほんと、貴女は繊細で、誰にでも優しい人だ。いや、神か?

 

 歌劇場付近の屋敷まで送り届けた後、上着や帽子を脱いだフリーナ様は、すぐにベッドへ横たわった。大きなため息と、『ようやく、終わるかもしれない』と。

 

「どれくらいで起こせば?」

「……いち、時間くらい」

 

 それを聞いてから。

 

 キッチンにケーキと紅茶を取りにいって、彼女の自室へ戻ってくれば、すうすうと寝息をたてていた。夕日が差し込む窓に群青色のカーテンをかければ、まるで舞台が暗転したかのように、薄暗くなる。

 

 まるで、お姫様のように美しい。

 良い夢を見られますように。

 

「おやすみ っと」

 

 この感じだと、1時間以上は眠りそうだな。

 

 今のうちに、俺は仕事に戻ることにする。といっても、こういう調査に関しては素人だ。警察隊の話を聞いて、それをまとめるだけなんだが。

 

 歌劇場のステージには、いまだ粉々になった水槽から出た水が広がっていた。

 

 メリュジーヌが覗き込むように調査したり、警官の人が話を聞いてノートへ書き込んだり、それでも皆の表情を見た限り、難航はしているようだ。連続少女失踪事件と手口が似ているともなれば、まるでマジックみたいな犯行だろうしな。

 

「ご苦労様。とても参考になる」

「お役に立てて何よりです!」

「何かご質問があればおっしゃってください」

 

 俺も、彼ら彼女らの調査内容を書き写させてもらうが。

 

 水槽を吊り上げたロープは花火で切れて、抽選機も細工されてて、マジック中の鈍い音が出て、えーと、何がどう繋がるか、全然分からん。ここで分からない表情をするのも なんかカッコ悪いので、俺は名探偵を演じていた。

 

 とりあえず驚くくらいにはリネ君にとって不利で、あからさまな証拠が出てくるな。

 ふむ、『犯人であった場合』はこんな分かりやすい証拠を残すようにも思えず、なんなら『犯人ではなかった場合』には細かい確認不足が多発するようにも思えない。

 

 まさかリネ君、緊張していたのか?

 歌劇場では慣れていないとはいえ。

 

 彼をある程度は知っているからこそ、どうにも裏があるように思えてくる。

 

 何か別の案件を抱えながらマジックショーに臨んだとか、リネットちゃん関連で脅しを受けていただとか、緊張していた理由はありそうだ。ともかく、証拠が目立っていることと、その年齢からしても『連続少女失踪事件』の主犯ではないことは確かだな。

 

 身辺調査も、少し警官隊から聞いておくか。

 とか思っていたら。

 

「『壁炉の家(ハウスオブハース)』だと?」

「は、はい! その孤児院出身とのことです!」

 

 確か今は『召使』が運営している孤児院だったはずだ。ファデュイともなると、稲妻における『淑女』しかり、スメールにおける『博士』しかり、ナタにおける『ーー』しかり、最近氷の国スネージナヤはどうにもきな臭い。

 

 どこか緊張している、若い警官隊員の調査をメモに書き残しておいた。まあ、あの孤児院自体が問題を起こすとは思えないが、指示があれば動くしかないだろうしな。

 

「ご苦労様。また何かあったら頼む」

「いえ! それでは!」

 

 この手札を使う際には、『ファデュイの指示があったかどうか』も聞くほうがいいな。もし仮に有罪判決になった時、情状酌量までいくかはともかく、メロピデ要塞なら『粛清』から守りきれる可能性があるし。

 

「おっ、ボロンゴじゃないか!」

 

「……ん? ああ、蛍ちゃんとパイモンか」

 

 手帳とペンを持ってふわふわと飛んできた。

 旅人やパイモンも調査していたところか。

 

「どうした? 話しかけたらマズかったか?」

 

「いや、そういうわけじゃない。普段からキミとか、貴方とか、名前で呼びかけてくれる人は少なくてな。べ、別に友達が少ないわけじゃないからな?」

 

 『こいつも友達少ないんだな』とか、やめてくれパイモン、その発言は俺に効く。それに、蛍ちゃんは『私もよく旅人って呼ばれるから。名前を呼ばれるとなんだか嬉しい。』って、この天使に、世界中の男がドキドキしちゃいそうじゃん。

 

「この後はお茶会予定だったのに、運が悪かったな」

「そうだぞ! ケーキ食べ放題、楽しみにしてたのに!」

「……フリーナは?」

 

 疲れて眠っている、なんて言ったら。

 カッコ悪いって恥ずかしがりそうだな。

 

「そこはほら、俺が優秀だからな。情報を聞いて回るのは俺の仕事だ」

「オイラたちがリネの助っ人なら、ボロンゴはあいつの助っ人ってわけか」

「そのようだね。彼女にとっては相棒みたいだし」

 

 フリーナ様以上には大きい胸の前で、腕を組んでカッコいい表情を旅人は見せた。旅人の相棒のパイモンは誇らしげに、えっへんとする。ほんと可愛いな、この()たち。

 

「それで、事件のことだけど」

「いや、それは明日の法廷で話そう」

 

 どういうこと、と蛍ちゃんやパイモンはキョトンとした。

 

「フォンテーヌの審判は何も、決まりきった判決を出す場ではないんだ。お互いの主張に基づいて論議を重ねて、ヌヴィレット様と、諭示裁定カーディナルに正しく審判をしてもらう。いわば、『秩序』のある話し合いの場だ」

 

「ちつじょ?」

「確かに。あの人は公平に審判をしてくれる確信ができる」

 

 フォンテーヌの審判というのは、ほとんどの場合においてメロピデ要塞で更生の機会が与えられるというのも、どうにも水神の優しさが出ているシステムに思える。それに、最高審判官としてヌヴィレット様がいることの安心感を、俺以外の人々もとても感じているはずだ。

 

 フリーナ様の件もあるが、『秩序』があるから、俺はこのフォンテーヌという国を気に入っているところはある。

 

「そういうわけで、明日はフリーナ様に勝ってもいい。無罪のやつを、無理やり有罪にするなんてことはないぞ。俺すら本気で怒ったことは見たことがないくらい、優しい神だからな」

 

「おう! お前がそう言うなら、オイラたちは全力で無罪を主張してやるぜ!」

「望むところ。リネは無罪だと信じている」

 

 真犯人を見つけるためにお互い頑張ろうか。

 

「手札がある以上、こちらも手は抜かないけどな」

 

 さて、薄々感じてきたが。

 やはり蛍ちゃんは。

 

「それと。また今度、お茶会を企画するから その時は」

「うん。七星召喚で勝負しよっか」

 

 デュエリストとして、お互いデッキケースを見せ合った。

 

 

 もし明日で、全ての決着がついてしまえばその機会はなく……『盛大で、劇のような、すべてを終わらせる美しい審判』の先に、物語の続きはあるのだろうか。

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