推しの水神 作:八重堂の小説家
エピクレシス歌劇場には、今日も観客たちが集まり、歌劇を待つように賑わっている。フォンテーヌでは数百年前から推理小説が人気だが、連続少女失踪事件の関連事件ともなれば、居ても立っても居られない人が多いのだろう。
俺からすれば、稲妻の八重堂から出版される異世界転生ものが、ようやく時代が来たかといったところだ。鎖国も終わったので、貯まり続けていた貯金はどんどん、そういうジャンルの本の輸入に使っている。
まあ、俺は審判をそこまで楽しみにする気にもなれないからか、別のことを考えながら待っていたが。
最前列の魔術団メンバーは、警察隊に囲まれていることも合わさって、緊張は増すばかりだろう。フリーナ様も告発人となる経験は今までなかったので、夜も眠れていないが。
「どうやら、旅人たちは落ち込んだ表情のようだ。調査には何の収穫もなかったらしい」
俺の前に立っているフリーナ様は、顎に手を添えるように、神としてカッコイイポーズを続けている。拡声器のスイッチをまだオンにしていないから、俺へ話しかけてきたようだ。
彼女たちの様子を見たのか、緊張も少しはマシになったみたいだな。
「朝まで話し合ったように、どうにもリネ君へ不利な証拠が多いからな」
「彼が罪を犯したのであれば、当たり前とも言えるよ。警察隊の彼ら彼女らや、メリュジーヌの目からは、そう簡単に
対面のスペースには、蛍ちゃん、パイモン、リネ君、リネットちゃんがすでに集まっているが、どこか煮えきらない表情をしていた。
確かに警察隊は優秀なのだが、どうにも引っかかる。
あの最前列にいる魔術団たちの中から、俺みたいな素人目線でもどう考えても怪しい人物が出てこないのだ。やはり、何か隠し事をしているリネ君が怪しく思えてしまうのも仕方がない。
リネ君の無罪を祈っている者としては、この審判で正直に話してくれるといいんだが。
「コホンッ どうやら調査をすればするほど、キミたちが不利だったようだね?」
フリーナ様は拡声器のスイッチに指を伸ばし、今か今かと待ちわびている民衆にもアピールを始める。ピョンと跳ねるようにセットしている銀髪が『これは勝ったな!』という風に、ぴょこぴょこ動いているようにも見えた。
「だが、ここで止まってくれるなよ。キミは、審判の相手にふさわしいと僕が見込んだ者だ。あっさり降参されてしまっては、がっかりだからね」
「まだ誰も降参するなんて言ってないぞ!」
「……あとで分かるよ」
それがハッタリとは思わせないほど、隠し玉があるかのように蛍ちゃんは真っすぐ見つめてきた。ここは法廷であり、剣で戦う場所ではないが、その纏う雰囲気はまさしく剣士のそれだ。
小さな声で『そ、それは楽しみだ……』ってフリーナ様が、たじたじなんだが。
さてと、ヌヴィレット様が来たか。
相変わらず、威厳がすごいな。
「双方が揃った。これより、マジックショーで起きた事件に関する審判を始める。」
誰もがごくりと息をのんだ。
舞台に立っているのは彼1人だが、まるで主役は彼なのだと思わせられる。このピリピリとする感じは、蛍ちゃんも剣士として手合わせをしたいと思っていそうだな。勝てないと分かっていても、挑みたくはなる。
俺も黒い手袋に包まれた手のひらで、武器を握るような動作をしてしまう。
「ではまず、事件の経緯を理解できるよう、改めて魔術団側にマジックのタネを解説してもらう。」
始まったか。
ヌヴィレット様自身も見ているため、ここで嘘はつけないだろう。
昨日見た参加型のマジックショーを完璧にそのままに解説するリネ君の姿は、マジシャンとしての自信が表れている証拠だ。緊張している様子もなく、やはり昨日の様子が彼らしくなかったのは確かだな。
「マジックが始まった時、キミは観客席側のマジックボックスに入って隠れていた。故に犯行を実行できるはずがない。アシスタントたちもその持ち場から、彼女の誘拐には手は出せない と。この理解に間違いはないかね。」
「はい、大審判官様」
分かっているのは、少女がマジックボックスに入り、その後に行方不明となっていることだ。マジック用の地下通路は俺も確認したが、他アシスタント同士がお互いの位置を把握している以上、そこに入ることができたのはリネ君くらいなものだ。
魔術団の総意ではない前提はあるが、メンバーで唯一容疑者となっているリネ君がマジックボックスの中にいた時点で、誰も犯行は無理だといった内容か。
じゃあ誰が真犯人なんだってばよ。
それに、彼の主張には穴があるな。
「それではフリーナ殿、これに対する反論はあるかね?」
「ああ、当然さ! リネ君、キミは嘘をついている!」
スッと黒い手袋に包まれた指を向けて、リネ君に観客の注目を集めた。
フリーナ様は演劇の舞台に立つことも多く、水神としても日常茶飯事なので、相変わらず注目を集めることが上手い。どうやら調査内容を踏まえて、容疑者としてリネ君を選ぶことにしたらしい。
「キミはホールジーという少女を誘拐し、コーウェルを殺害しようとした容疑がかけられているが……そもそも長い間、地下道や箱の中にいたわけじゃないのでは?」
「それは貴女が僕を有罪だと判断したことに基づいて、推測したにすぎません」
当然、リネ君は否定するが。
『おやおや』と言葉を重ねる。
「方法は例えば、僕の声を響かせている、この拡声器さ。これは遠隔であろうと、まるでその場にいるように大きな声を出すことができる」
トントンとマイクを指で叩く音を出しながら、フリーナ様の推理は肉付けされていく。
「歌劇でもこの手法は取り入れられているが、つまりだ、キミは箱の中にいるように演じていたというわけだ」
「……」
リネ君は動揺する表情を見せてはいないが、マジックショーのタネで説明していなかった部分を突かれたのだろう。
「どうやら、図星のようだね。おっと、そうだ。キミは箱の中にいた時、何か聞こえなかったかい?」
「ええ。耳をつんざくようなカウントダウンの声のことですね。それで時間を把握して、サプライズを生むわけですから」
おいおい、わざと隠しているのか。
それとも。
「その他は? 大きな音だったのだが?」
「……ありません」
『フフ、物音さ』とフリーナ様はわざと、淑女らしい笑い声を拡声器に乗せた。
「カウントダウンが20秒台に入った時、会場には鈍い物音が響き渡った。今思えば、地下室から聞こえたようだったけどね」
『もう一度言おうか。リネ君、キミは嘘をついている、とね』とフリーナ様はまるで悪魔の囁きのように、低い声で言葉を紡いだ。観客たちも、俺も、ヌヴィレット様でさえ、彼が嘘をついているという点は明白だった。
「ホールジーという少女を誘拐することができたのは、地下道にいる者だけさ。キミは地下道から離れて、他の協力者に預けていたんじゃないのかい?」
「それは……それも推測にすぎません」
推測も含まれているが、全ては否定できない。
蛍ちゃんたちも焦りを見せ始めているな。
「もちろん、キミのアリバイを崩すだけでなく、別の武器も用意してあるよ」
どこか調子に乗り始めている気がするが。
まあ先行1ターン目で手札誘発を投げて、相手を降参させるというのも手段の1つではあるか。フリーナ様はパラパラと手帳を
「キミと、その妹リネットは、『
「え!? 『
「2人は……ファデュイだったの?」
パイモンはともかく、蛍ちゃんですら、珍しく大きな声を出して驚いてしまう。モンド、璃月、稲妻、スメールと旅をしてきたこともあり、詳細はともかく、彼女たちはファデュイの悪行というやつに関わってきたのかもしれないな。
スメールに至っては、『旧教令院の上層部』と『博士』が結託して、草神ちゃんを冒涜したという点で、俺含めフォンテーヌの紳士たちは激怒したからな。よくもあんなにかわいいナヒーダちゃんに手を出しやがって!
次はこの国が狙われるのではないかと、フォンテーヌの人々は懸念しているところはある。俺だって、フリーナ様が狙われると思うと、夜だって眠れない。眠る必要もないが。
「我が愛する民たちよ、落ち着きたまえ。もし連続少女失踪事件が、ファデュイ上層部からの命令だったのであれば、その時は」
フリーナ様はシルクハットに指を添えて、スッともう片方の腕を伸ばして、カッコいいポーズをとる。
「僕の正義にかけて、フォンテーヌの民であるキミたち兄妹を保護しよう!」
歌劇の名シーンを観ているように、観客たちの拍手は鳴り響く。その盛大な歓声は、ヌヴィレット様が杖で床を叩いて『静粛に。』と伝えるまでは続いた。
「……いえ、そういった命令はありません。僕たちは神に誓って、コーウェルの殺人及び、少女誘拐事件には手を染めていません。」
「フフッ キミにとっての神が、この僕だといいけどね?」
貴女は胸の前で腕を組んでから、『キミが嘘をついていることを、自白したほうが楽でいいよ?』と、まるで経験があるように、妙に説得力を感じさせる声で言葉を伝えた。
拡声器のスイッチをオフにしてから。
もう反論はないという風に、手で合図を出す。
まあ、蛍ちゃんやパイモンは、リネ君たちと話し始めたし、完全に流れはフリーナ様に来ているな。
「……ふっ、余裕だったね」
俺に向かって、自慢するように話す。
内心、ドヤ顔でえっへんしていそうだ。
「あの物音を聞いていないことが意外だったな。これでたった1分だが、地下道から出て何かをしていたことは確かだ。ファデュイ、もしくは『召使』に対する忠誠心も高いように思える」
「そのようだね。それにしても、一晩中眠れずにいたなんて、まったく損したよ。こっちはまだ物的証拠を何も出していないのにね」
告発が上手くいって安心した声だが。
やれやれと、ため息をついた。
「不幸なことに、旅人たちは仲間割れを始めてしまったようだ」
まるで、まだ台本を読んだだけのようだと。貴女にとっては劇的ではなく、まるで予想通りの展開で終幕に向かってしまう劇を、つまらさそうに感じる雰囲気を
トンと杖で床を叩いて、喧騒に向かってヌヴィレット様は『静粛に。』と伝えた。
「魔術団側に、先程フリーナ殿が上げた二つの観点について、改めて確かめさせてもらう。」
歌劇場の鈍い物音が地下から聞こえた時、リネ君は箱や地下道にはいなかったこと。
そして、リネ君とリネットちゃんが
そういった内容を端的にまとめ、リネ君に対して、少し優しい声色で問う。
「……はい。最高審判官様。すべてその通りです。ですが、
リネ君は蛍ちゃんに何かを伝えてから、まるで神に伝えるかのように誠意をもって、そう話してくれた。
「……承知した。」
ヌヴィレット様は深く頷いたが。
いくら無実を訴えようとも、いわゆるアリバイが出てこないのだ。それでいて、有罪と決める物的証拠が大量にあることを、すでに彼も目を通している。これが殺人事件だけだったなら、今後の論議次第で不幸の事故として処理される可能性は高い。
だがしかし、少女誘拐事件が問題なのだ。魔法でも使っていなければ、たった1分という時間では、ますます彼にしか誘拐できないように思えてくる。フリーナ様から手帳を借りて、何か見落としはないかと考えてみるが……
諭示裁定カーディナルの天秤は、焦らせるように傾き、ガタガタと音を出す。まるで『このままでは審判が終わってしまうぞ』、と誰かに言っているように。
「ちょっといいかな?」
「どうぞ。」
蛍ちゃんの声がハッキリと、静かな歌劇場に響き、ヌヴィレット様は『公平』に対応する。
「私の依頼人は重要な情報を隠していた。このままでは、弁護を続けられない」
「つまり、貴女の主張は?」
『休廷し、話し合う必要がある。』と。
真っすぐその瞳でヌヴィレット様を見つめた。
「フフ、それでこそ僕の相手に相応しい。まだ彼の弁護を諦めない姿勢は、この僕が認めてあげよう!」
「静粛に。」
わざと発したフリーナ様の声ごと、民の喧騒を、ヌヴィレット様はすべてかき消した。
「合理的な主張だ。これより休廷とし、一時間後、審判を再開する。」
「僕の愛しい観客たちよ。審判の結末はもう少し待ってみるのも悪くはないぞ。これから劇的な展開だってあるかもしれないじゃないか ハハハッ!」
休廷する必要がない。判決を出せばいい。
彼が犯人だろう。変わらない。覆らない。
そんな野次がこれ以上、聞こえないようにしてくれたな。
「では諸君も、しばし休息の時間を過ごすといい!」
なんだかもう、フリーナ様が仕切っているが、相変わらず目立つことが得意だな。まあ、すでに机の資料を見直そうとしているヌヴィレット様も、休廷を宣言した以上、心ない発言というのを止めることはできないからな。
場の雰囲気を取り込む、といった点でやはりこの2人は別格だ。まだまだ幼いリネ君たちも、今は視線を浴びないように、舞台の外に出ていったし、『秩序』のある審判というのは見ていて安心するものだな。
「さて、僕たちも休もうか」
クルっと振り返り。
両腰に手を当てて、『僕は甘いものを食べたい気分だ』とニコニコしてくるので、俺はその小さな背を追いかけるが。
「マカロンしか持ってきていないが」
「ふ、ふーん、今日は気が利くじゃないか」
どれだけ長い時間が経過しようと、スポットライトの当たらない俺も、推しを観ているだけでいいのは気楽な存在だな。