推しの水神   作:八重堂の小説家

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救おうと思っているのに、救いきれない。
もう終幕まで救う方法はないのか。
早く続きを書いて、救わないと。


第9話

 

 地下道という密室、そこから気絶した少女を誘拐することは不可能なように思えていた。そこから出るには、ステージ側、観客席側、そして通気口の3つしかないからだ。だが、仮に誘拐ではなく、『溶かす』という目的だったならば、犯行の難易度は非常に下がる。

 

 今までの連続少女失踪事件も、遺体が残らないことで捜査が難航したのだろう。まるで幻のように少女たちが消えたのであれば、それは誘拐だと思ってしまうことも仕方がない。それに、大きな密売組織でそれが流通しているということは、今後もフォンテーヌ人を脅かす凶器になる。

 

 例えば、飲料水に混ぜるなど。

 その考えに行きついた人は怯えた表情を見せる。

 

 明日には新聞に掲載されてしまうだろうし、予言のことに加えて、さらに大騒ぎになるな。

 それにしても、どこで『原始胎海の水』を試験管に集めることができたのか。いや、メロピデ要塞以外にも、せき止めている場所はあるのだろう。この数十年で、漏れ出ている場所が出てきたということか。

 

 俺もフリーナ様も海面上昇や水質調査だけ気にしていたが、まさかその水自体に『溶かす』なんて特性があるとは予想していなかった。これでは、シェルターや、船と飛行船で避難するだけでは、一時しのぎにしかならない。もっと根本的な解決が求められるとか、残り時間から考えても絶望すぎるな。

 

 少女は、みんなに何か声をかけて安心させようと口を開くが、言葉を発することはできない。

 

「静粛に。……すべての者にとって衝撃的な発見であったが、現時点ではこの手がかりの真偽を確認する術がない。」

 

 ヌヴィレット様の力強い声が響き渡り、人々は見上げた。

 

「行方不明になったホールジーが見つかっていない以上、当法廷ではこの内容を暫定的に有効とみなす。だからこそ、今は一刻も早く事件を解決し、関わった密売組織を逮捕しなければならない。」

 

 ホールジーが見つかっていないということは、水となって溶けた可能性がある。フォンテーヌ人はまるで刃を突きつけられている気分だろう。だが今はその現実を受け止め、積極的にその対策を行っていくという意思表明を、彼は行ってくださった。

 

 確かに今は事件の解決を急ぐべきだ。

 民を見渡して、その様子に大きく頷く。

 

「原告側、他に何か主張はあるか。」

「いえ。もうこうなっては、解決を急いだほうがいい。コーウェルが行った殺人事件の推理に関しては、マジシャンのリネ君たちが最適でしょう」

 

 見えないよう、腕がどんどん力強く握られていくこともあって、俺は思わず早口でそう言ってしまった。

 

「魔術団側、キミたちの主張を聞かせてほしい」

「最高審判官様、お任せください。まず―――」

 

 マジックショーの時とは違い、リネ君は厳粛な雰囲気で語り始めた。

 

 第1に、コーウェルは水槽を吊り下げているロープや抽選機へ細工を行い、ホールジーという少女を実験対象とする計画を立てた。

 第2に、マジックボックスの中にフックを仕掛け、装飾品の風船の1つを原始胎海が入った水風船へ変える。地下道へマジックボックスが動けば、フォンテーヌ人であるホールジーへ『原始胎海の水』が自動でかかる仕組みです。

 第3に、地下室に用意した花瓶を自ら割って地下室に残る水を、さらに水槽を落としてステージの水を、つまり『溶けた』という事実を隠せるように細工を重ねた。

 しかし第4に、彼はなぜかステージへ向かうマジックボックスの中に入ってしまう。

 そして終幕、コーウェルは落ちてきた水槽によって命を落とした。

 

「以上です。しかし、なぜコーウェルはマジックボックスの中に入っていたのか、そこまではまだ……」

 

「感謝する。私個人としてもその1点のみが腑に落ちない。」

 

 いや、ほんとそれな。

 

 ホールジーが彼に反撃できるわけもないし、コーウェルが自ら仕掛けた断頭台へ向かうとも思えない。なぜなら通気口側はリネ君がいたため、これ以上は登場人物が増えることはない。リネ君が無実であるという前提があるからこそ、蛍ちゃんやパイモンも考え込んでいる様子だ。

 

 焦りからなのか、フォンテーヌ人から『やはりリネが犯人なのでは』といった内容がちらほら聞こえてくる。

 

 マズい流れだな。

 

「あ、あの! 大審判官様、1つ報告したいことが!」

 

「……何かね?」

 

 真っ青で駆けてきた警官の1人がそう叫び、ヌヴィレット様は読み直していた資料から視線をはずす。ヌヴィレット様もその様子に目を細めているが、誰かに脅されていることは間違いないだろう。どうにも捜査を攪乱(かくらん)させる目的がありそうだが。

 

「ついさっき、他の関係者の荷物を調べたところ、この原始胎海の水が!」

 

 そう言って、1本の試験管を震えた手で見せる。

 

「リネのバッグから、コーウェルが持っていたものと全く同じものを見つけました!」

 

「そんなはずは!?」

「あり得ない」

「どうして今更、そんな証拠が出てくるんだよ!」

 

 さらに最悪の流れだな。

 

 リネ君たちやパイモンが驚いた様子を見せるも、観客たちはヒートアップし始めた。もし仮に、ここであの警官の虚偽の報告だと反論を行うとしたなら、それは警察隊全体の信用問題となる。普段ならともかく、先程の事実があったためか、悪い方向へ感情論は流れてしまうだろう。

 

 予言そのものを防ぐ手段を提示しないことも重なって、このままでは水神を中心とした体制が揺らぐ。だが、たとえそうなろうと、ヌヴィレット様は『公平』に真実を追求するし、俺だって『秩序』を守るためならその嘘を否定しよう。

 

 しかし、『正義』の神として、貴女は。

 

アッハッハーッ! なんと劇的なシーンだろうね!

 

 俺を押しのけるように下がらせ、フリーナ様は高笑いを響かせた。

 

「さあ、親愛なる民よ、忠実なる観客よ。これですべての疑問が解決する。この僕が、僕の推理によって、今回の事件に終止符を打ってあげよう。」

 

 そして、貴女は再び歌劇を演じるように。

 

 第1幕、リネ君はホールジーに関与する必要はなく、地下道へ入って通気口へ向かうフリをした。

 第2幕、アシスタントであるコーウェルは、マジックボックスの細工を終えており、『原始胎海の水』を浴びたホールジーは水となって溶けてしまった。残念ながら、もう少女は帰ってこないだろう。

 第3幕、そしてリネ君は地下道へすぐ引き返した。なぜなら彼は元々、コーウェルの暗殺の役目を担っていたのさ。

 第4幕、リネ君はコーウェルを気絶させ、本来は痕跡を隠す仕掛けを、殺人の道具として扱うことにした。

 そして終幕、コーウェルはマジックボックスごと水槽に潰されてしまったのだ。

 

「なんと残酷なことだろう。かのファデュイは、それほどまでに冷血で非情な組織なのか。若きマジシャンのリネ君は妹を救うためには、上の命令に従うしか選択肢がなかったのか……」

 

 そうして貴女は『盛大で、劇のような、すべてを終わらせる美しい審判』を演じることで、リネ君を悲劇の主人公として扱った。そして同時に、連続少女失踪事件とファデュイの関連性を提示することで、フォンテーヌ内のどこにもヘイトが向かわないようにしたか。

 

 『だが安心したまえ!』と高らかに叫び、人々の不安を払拭する。

 

「フォンテーヌに僕がいる限り、他の国のようにはならないさ。なぜならこの正義の神フォカロルスは、神だって裁くことができるからね!」

 

 ポーズを取って、人々の賞賛を浴びる。

 しかし、その肩はとても小さく見えた。

 

 どこか幼く小さな声で『今は切り抜けられたかな。いつか彼らには謝罪をしないといけないね。』って、貴女はまた自分に嘘を重ね続ける。

 

 諭示裁定カーディナルはカタカタと寂しい音を鳴らして、天秤を傾いていく。

 

 ヌヴィレット様は目を閉じて、審判の時間を数瞬は止める。その間に、リネ君や蛍ちゃんたちが打開策を考えようにも、無実と決めつける証拠はなく、たとえ虚偽の報告だと主張しようとも大衆の声にかき消されるだろう。

 

 こんな秩序のない審判なんて、今まで1度もなかったのに、それを正義の神である貴女自身が破るのか。

 

「フフッ、この場にいる全員がその目で見た通り、僕の推理は完璧なものだ。おそらく、これでフィナーレとなるだろう」

 

 演技ならともかく、推理としては完璧に程遠い。

 

 ……いや待て。

 貴女は冤罪の責任を背負うつもりか。

 

 この数百年間見てきたが、『予言を防ぐにはどうすればいいか』、寝る間も惜しんでそれをずっと模索している。もし予言を切り抜けることができれば、他には何も要らないのではないかと思う程だ。つまり、水神としての立場なんて、すべてが終われば必要としないのか。

 

 だが、どれほど傷つくことになるか。

 なぜこの少女はこんなにも強くいられる。

 

―――キミは付いてくるかい?

 傷ついた化け物に、手を差し伸べてくれた時だって。

 

「……ふふ」

 

 こちらへ少し振り返って、後ろ手を組んで微笑む表情は、とても背伸びしたもので儚い。まるで、季節が変わって散っていく花のように見える。いつもそうだ、貴女は恐怖という感情を仮面で隠す。

 

 ちゃんと考えろ。

 優しい少女が苦しまなくて済む方法を。

 

 

 

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