「飛行船を手配しておいたよ」
にこやかに笑うアール・シュタインの表情は楽しそうで、私は空を飛ぶために待機する飛行船に踏み込めず、口許を押さえながら絶対に酔うという確定された未来に気が滅入ってしまう。
正直に言えば乗りたくないです。
しかし、左之助さんはヒューリーさんを手伝うために蛮竜を担ぎ、しとりとひとえも初めてのお空の旅にワクワクしているのが伝わってきます。
───ですが、この「エンバーミング」という「物語」の結末を見届ける事を終えれば明治時代のお話は終わるはずです。そうすれば、あとは穏やかに余生を過ごすことが出来ると思うわけです。
「景、乗るぞ」
「やっ、まだ心の準備が…!」
がっしりと帯をなぞるようにお腹を抱かれ、ノシノシと階段を登る左之助さんの胆力に、おろおろとしている間に飛行船の内部に入った瞬間、風に揺れる機体に気持ち悪さが汲み上げてきます。
「っと、飛行船もキツいか」
「うぷっ、す、すみませんっ、ゔぇうっ」
イヤな汗を掻いて吐き気に耐える私の背中を擦り、お姫様抱っこのまま自分の膝の上に横向きに乗せてくれた左之助さんに謝りつつ、Dr.ピーベリーとヒューリーさんが搭乗するのを確認すると。
パイロット風のコスチュームを纏ったドクトル・バタフライとアール・シュタインの二人が続けて搭乗し、少しだけ恨めしげに見据える。
「準備は整っているね。目指す場所はドイツ、インゴルシュタットの更に奥の樹海に在るというポーラールートだ。アール、分かっていると思うが」
「任せたまえ。飛行船の操縦は十何年と続けているし、この日のために色々と準備は済ませている」
そう言うと飛行船は起動し、浮遊する独特の感覚に気持ち悪さを感じながら左之助さんの腕の中におさまっていると、しとりとひとえの笑う声が聴こえる。
子供の声は良い、安定剤ですけど。
ふと、空の音が変になるのが分かった
「……左之助さん、窓の外に何か来てます」
「窓の外って、此処は空の上。いや、確かにいるな。ありゃあ妖怪の類いか?」
胸の奥に封じ込められた「地獄の鍵」が熱い。妖怪、それもすごく強い妖怪が私達の事を見ている。いえ、私の身体に封印している「地獄の鍵」の気配を察知し、その様子を見るために来ています。
大丈夫。此方には来ないはずです。
「……なんだ、そのヨーカイというのは?」
「フランケンシュタインに似たものだよ。ただし、そちらには本物の不老不死もいれば紛い物とは違う本物のフランケンシュタインもいるがね」
ドクトル・バタフライの意味深な言葉に、僅かにDr.ピーベリーとヒューリーさんの顔付きが変わる。