あの惨状から二週間が経過し、左之助さん達は森の中に隠れていたフランケンシュタインを徹底的に探し出して破壊し、ようやく倫敦に帰ってきました。
人造人間の楽園「ポーラールート」は滅亡した。死体卿トート・シャッテンという死体を愛するフランケンシュタインによって起きた事件を知るものは少ない。
私は見ていただけの一人ですが、誰かの役に立てたと思える事は幾つかありました。ただ、どうしても気になるのは死体卿やポーラールートに「糸色景」を教えていた人がいるという事です。
そして、その人はアール・シュタインです。
「そうですよね?」
「その質問はYESだ。流石はMrs.糸色だ」
にこやかに笑う初老の男性。紳士然とした灰色の背広を纏い、緩やかに私の前髪を撫でるように触った彼は穏やかに杖を突いて歩き出す。
その後ろを着いて歩きつつ、私は人の多い噴水の見える大広場のベンチに腰掛け、となりを指差す彼に促されるまま木製の古びたベンチに座り、静かに空を見上げる。
淀んだ空と、澄んだ空────。
「いつ気付いたんだい?」
「私……というより左之助さんにフランケンシュタインの事件を預けてきた辺りからです。同じ転生者とはいえ頻繁に人造人間の事件をあんなに多く見つけるなんて有り得ないです」
「成る程、私は急ぎ過ぎたわけだね」
私の言葉を聞いて笑ったアール・シュタインは杖のグリップを握り締め、納得したように頷き、私と同じように空を見上げる。
「ただ、分からないのは私を狙った理由です」
それだけは本当に分からない。楯敷君のように私の身体に宿っている『物語を繋げる能力』を狙っている訳でもありませんし。
そもそも、この能力は本当に信頼できる相手以外にドクトル・バタフライは教えていません。ススハムや不破信二、幻想虎徹、安居院の四人だけです。
他にも転生者には会っていますが、この四人以外に知っている人は居ません。そう私は記憶しているので間違える事はあり得ません。
「……さて、どう説明したものか」
顎髭を撫でながら悩む。
「私の人生は私のモノではないんだ。フランケンシュタインに準えるなら、私の『特典』はジギルとハイドのように『ナニカ』を生み出してしまったんだ」
まるで、確認するように彼は嘯く。
その姿は仕立て屋として元気に働き、活動するアール・シュタインとは似ても似つかない。悩み、唸る姿に妖しさを感じてしまう。
「誰かの願望を叶えるのはかまいません。それは誰かを助けいたという
「そうか。私は間違っていないのか」
「えぇ、貴方は私の娘達にも優しくしてくれる倫敦一番の仕立て屋さんです」
そう言って彼の背中を優しく擦る。
【概要用語解説】
本作の単語や転生者に関する事を解説します。
【アール・シュタイン】
本名「アール・シュタイン」。
年齢は六十代前半。身長180cm。
「エンバーミング」の物語に倫敦老舗の仕立て屋の息子として生誕した転生者。数十年前、観光と情報収集のためにやって来た「ドクトル・バタフライ」と出会い、激動の日々ながらも平和を尊び、最愛の女性と結婚し、最愛の家族を手に入れ、幸せに過ごしていた。
平穏を過ごす彼を「誰か」が「僕のために動いて欲しいんだ」と唆した。それから幸せな家族を見守る傍ら、彼の人生の歯車は軋み、ズレを産み出し、やがて彼の人生は「誰か」によって変わり始めた。
しかし、その人物を彼は思い出せない。
転生する際に選んだ「特典」は「家族を作りたい」と「誰かを幸せにしたい」。
一つ目の特典「家族を作りたい」は最愛の女性と子供達に巡り会えることができ、誰かに誇れる幸せを享受できる人生を全うしている。
二つ目の特典「誰かを幸せにしたい」は彼の願いから生まれた「誰か」を幸せにするために動き始め、その人物はアール・シュタインの人生を糧に生きている。