「はあ、はあ…っ、しょ…」
昔は歩けていた筈の距離に手こずり、いつもより早く息切れを起こしてしまい、人目に付きにくいけれど。直ぐに人の近くに移動できる物影に座り込み、ドクンドクンとうるさい心臓を押さえる様に胸に手を添える。
出版社までいつもならたどり着けるのに、心臓が痛い、呼吸が掠れて苦しい。
まだ、死にたくない。
せめて、あと四年、あと四年だけ持ってほしい。
「失礼。大丈夫かな?」
「っ、だ、大丈夫です」
洋服を身につけた初老のおじ様が現れ、慌てて身体を起こすも真摯に私の身体を支えて労ろうとしてくれるおじ様に杖と肩を借り、近くの新しく出来た才賀系列の洋食のお店まで連れていって貰う。
お水と手拭いを頼み、深呼吸を繰り返す。
真向かいの席に座り、私の事を心配そうに見つめる初老のおじ様にゆっくりと頭を下げ、「助けてくれてありがとうございます」と伝える。
「……ケホッ、それで何か御用ですか?」
「いやはや、御用とは不躾な言葉だね。まるで私が君に会いに来ているように聞こえているよ」
「そう言っているんです。ディーン・メーストル」
私が彼の名前を呼んだ瞬間、彼は笑顔を浮かべた。
「いやあー、まいったな。僕の変装を見破るなんて流石は未来を視る眼を持っているわけだ。あの空想の産物みたいなモノを描き上げた手腕もそうだけど。百年前に産まれてもいない君がどうして、僕の事を知れたのか。どうやって知ったのか。教えて貰えるかな?」
にこやかに、友好的に、友愛的に、そう語り掛けてきたディーン・メーストル、白金、才賀貞義、その彼が笑顔を私に向けている。
笑顔とは、威嚇行為とも言えます。
とても怖い怖い笑顔が私を見つめる。
「相楽景、君の事は改めて調べたけれど。やっぱり不思議だ。僕の事を僕以上に知っている上、フランシーヌとの思い出を知っている。他のしろがねに『あの本』が渡らないようにするのは本当に大変だよ」
────だからこそ、興味がある。
そう言うとおじ様は顎髭をなぞりながら、コーヒーを運んできたウェイターに「ああ、すまないね」と返事を返し、私の一挙動を観察している。
「触れてしまえば簡単に折れてしまいそうな、嫋やかな君の身体を分解すればフランシーヌの心を知れ、アンジェリーナを取り戻せるのかなあ?」
「ッ……女心を甘く見ないで下さい。一度、愛すると決めたら最後まで愛するのが女です」
彼の手が私の胸に触れ、身体が強張る。
分解。
フェイスレスの代名詞とも言える人間と人形の構造を知り尽くした彼だからこそ出来る絶技に身体が怯え竦む。それでも言わなければいけない事を告げる。