数週間前、ごろつき長屋に押し入るように訪ねてきた比留間兄弟の依頼を請け負った左之助さんは忽然と姿を消して、何処かに行ってしまった。
前世と原作の記憶を辿れば京都に赴き、緋村剣心の情報を得ている頃だろうと推測は出来る。ただ、左之助さんは意外と方向音痴の可能性もあるため、ごろつき長屋に帰参するのは、もう直ぐだと思う。
「糸色先生、どうかしましたかね」
「あっ。いえ、少し考え事をしていました」
ねっとりとした声色に意識を引き戻された私はソファに腰掛けたまま頭を下げ、私に仕事を依頼してきたお客さんに向かって謝罪の言葉を伝える。
普段は絵物語や風景画を描く私の物書きの才能を彼は偉く高く評価し、建物の図案、新しい嗜好品や南蛮渡来の品の使い方を聞くために毎度のように私を呼びつけ、使用法や外国語の翻訳を依頼する太客なのだ。
ただ、それが武田観柳で無ければどれ程良かっただろうか。それでも一度受けた仕事は不平不満は吐かずに真面目にやり遂げるつもりだ。
「フム。やはり図案に不備があるな。糸色先生、此方の渡来品の図案の解析と翻訳を頼めますか?」
「……あの、これって南蛮銃じゃ…」
「私は普通の実業家ですよ?野蛮な品を取り扱っているわけないでしょうに、その品は南蛮銃ではなく手回し洗濯機の最新型です」
いや、どう見てもガトリング砲ですよね?と言いたい気持ちを押さえつつ、出来るだけ平静を装いながら「ああ、これは手回し洗濯機なんですね」と無理やり武田観柳の言葉を飲み込み、納得することにした。
「えぇ、手回し洗濯機です」
にこやかに悪どい笑みを浮かべる武田観柳の顔にビクリと身体が強張る。
いや、そもそも彼の後ろに無表情のまま控えている御庭番衆の御頭四乃森蒼紫の目付きの鋭さと何を考えているのか分からない雰囲気に泣きそうになる。
それから数時間後─────。
ようやく武田観柳が納得できるガトリング砲のフォルムや機能美を追求した設計図を手渡して、そそくさと武田観柳の屋敷を出る。
「……はあ、怖かっ…た…へ?…」
街灯の柱に寄り掛かって速すぎる動悸を鎮めるように深呼吸を繰り返していたその時、いきなり目の前に御庭番衆の御頭が現れた。
「先刻の設計図、見事な手腕だった」
「あ、ありがとうございます」
「しかし、南蛮銃は好みではない。観柳の不要と断じた方の不格好な図案をオレに渡せ」
きっと、ここで断ったら殺される。そんな恐怖に支配された私は手提げに仕舞っていた失敗作や不評だった図案の全てを彼に差し出していた。
「(……どうしよう。四乃森蒼紫が怖くて図案を渡しちゃったけど、下手したら緋村剣心じゃなくて私が狙われる可能性が出来ちゃった…)」
今更、手渡した事を後悔するも時既に遅しである。