「景さん、今日は口紅をしているのね」
「えぇ、虫除けに」
ふいっと顔を逸らす。
この口紅を着けている理由、それは左之助さんは背も高くて顔もカッコいいから女学校に向かうときは、牽制と独占欲を示すために、わざと彼のシャツの襟元にキスマークを残しているだけなんです。
昔は独占欲を抱かず、春画や日々の給金を得るために彼の事を売っていた分、女学校の女教師達はかなり私の春画の影響を受けているのだ。
言わば仁義ある戦いでしょうね。
本当はイヤなんだけど。
こうなったら、仕方ない。
普段なら諦めるところだが、私の大好きな旦那様に手出しする事は許さない。女教師に会ったら「お前も春画にしてやろうか!」と脅し文句を言ってやる、そのつもりだったんだ。
でも、やっぱり怖いからやめた。
「(……不安になりすぎて、昔の不躾で少しだけ乱暴な言葉遣いに危うくなりかけてしまった。清く正しくというのは、無理でもせめて私を通して、所作や作法の美しさを学んでほしいです)」
「それにしても女学校かあ……しとりちゃん、結婚する頃には立派な大人になっているわね」
「そうですねえ、花嫁姿楽しみです」
「えぇ、楽しみね」
ぼんやりと二人で話す。妖怪や幽霊、ひとならざる様々な種族が増えてきた明治23年(1890年)。───あと14年後には、日露戦争が勃発する。
去年、徴兵制度の導入を受けて、十七歳を越える青年や大人は徴兵対象となる。当然、14年後のその頃には剣路君もしとりも大人です。
二人とも25歳の大人になりますね。
「(無事に過ごせるといいんですけど)……薫さん、少しだけ眠っても良いですか?」
「? えぇ、良いわよ。お膝貸しましょうか?」
「フフ、大丈夫ですよ。ありがとうございます」
ゆっくりと神谷道場の縁側の支柱に身体を預けて、稽古場で激しく竹刀を振るい、剣路君と楽しく模擬戦を繰り返すしとりを見つめる。
あの子は、どこまで行けるのでしょうか。
日露戦争まで、あと14年です。
しかし、その前に起こるのは「日清戦争」であり、あと四年しか猶予はありません。左之助さんには内密のまま、私は山県卿に兵器開発の懇願を受けています。
そんなことをしてしまえば世界の歴史を変えてしまうかも知れません。いえ、とっくに変わっているのかもしれないけど。
私は、どうすれば良いのでしょうね。
ドクトル・バタフライに聞くべき?それともススハムや不破信二、他の転生者にも聞くべきなのでしょうか。もう、自分のしていることが分からない。