朱の盆の帰った後、私は左之助さんに……コホン、あまり思い出すには刺激が強すぎますね。本当に「壁かけハウス」が無かったら、また響いていましたよ。
まあ、それはいいんです。
左之助さんが、私を忘れないためには必要だと思ってしまうし。なにより大好きだから受け入れてしまうのはごく普通の当たり前のことです。
そう、思うことにしました。
「Hello。糸色君」
「出ましたね、妖怪似非紳士」
「似非紳士ではないのだが?」
「妖怪はいいんですか?」
まさかホムンクルスを変態して妖怪に?と戦々恐々としながらも、いつものようにやって来たドクトル・バタフライに紅茶とクッキーを用意し、ちゃぶ台に置く。
洋式机も良いですけど。此方でもう慣れてしまったから仕方ないですが、畳に寝転んだりするのはとても穏やかな気持ちになれます。
「今日はどうしたんですか?」
「仮死薬を作ってきた」
「菓子焼く?」
オーブンを作ってくれるのでしょうか?と想像していたら、あからさまに危険な薬品を詰めた小瓶に身体が強張る。見てはいけない薬品名の羅列に目が痛い。
いえ、悪い意味ではないですけど。
菓子焼くではなく、仮死薬ですね。
一時的に仮死状態へと移行し、コールドスリープ状態に固定し、その間に私の身体を治す手段を獲得する。あるいは、楯敷ツカサを倒す時間を手に入れる。
そういうことでしょうけど。
「お断りします。それにね、ドクトル。貴方ももう気付いているでしょう?私の身体には手術に耐える体力は残っていないこと」
「……知っている。だが、君を失えば私達の勝ち目は薄くなることも分かっているだろう。世界の開拓と改築を行えるのは君だけなんだ」
「大丈夫です。世界は私なんていうちっぽけな存在が居なくても回り続けます。狂喜の座興はいつまで巡るのかは分かりませんが、それもまた良いことです」
私の言葉に彼は不満げに顔をしかめるものの、少しだけ納得してくれたようです。もっとも、納得以上に私に対する何かを感じますね。
しかし、それはもう友人に対するものではありません。自分の理解者を減らしたくないという傲慢さ。やはり、年を重ねる毎にドクトル・バタフライもホムンクルス化の影響を受けていますね。
「ねえ、ドクトル、貴方は私を通して何を見ているんですか?私の瞳を見たところで世界の深淵を見ることは不可能ですし。況してやクローンを作ろうと考えるのは絶対にダメですよ」
人として、それだけはダメだと思います。