「左之助さん、行水して下さい」
「そういや夜通し走ってたからな。汗臭いか?」
「……はい、汗臭いです」
ようやく帰ってきた少し臭う左之助さんをごろつき長屋の裏手に置かれた大きな盥に湯を張り、私は彼に着替えとタオルを置いて部屋の中に戻る。
左之助さんが身体を洗っているその間に別の水桶に水を張って、こっそりと作っておいた石鹸を使って左之助さんの衣服を手洗いし、汚れや染みを丁寧に洗い落とす。
「……別に夫婦って訳じゃないんだけどな」
そう左之助さんに聞こえない声でぼやきつつ、私は汚れの落ちた衣服を手で絞り、出来る限り水気を切った服の袖、ズボンは片足を物干し竿に通して日当たりの良い場所に干す。
「帰ってきた早々に悪いな、糸色」
既に深い紺色の着流しに着替えを終えた左之助さんが物干し竿を掲げる動きを代わってくれ、いつもより高い位置に洗濯物を干せた。
そこは感謝するけれど。
私の部屋に入るときは汚れを落とすか、一度行水してほしいと何度か伝えているのに。どうして、左之助さんは喧嘩の後は直接私に会いに来るのか。
すごく不思議ではあるものの。
「もう慣れましたよ、これくらい」
尤もこんな朝方に帰ってくるのは夜通し京都から東京まで走ってくるなんて私は予想していなかったけれど。流石は作中一番のタフネスとスタミナを誇っている左之助さんと言えば納得も出来る。
そう少し得意気な気持ちになりながら武田観柳の依頼を受けた報酬を使いきるために少々奮発して、巷で噂の美味しい食事処「赤べこ」に向かって左之助さんと一緒に並んで歩く。
「ねえ、左之助さん」
「どうした」
「喧嘩の相手は緋村さんですか?」
「あの屑共に聞いたのか」
左之助さんのいう屑共は比留間兄弟なんだろうけど。生憎と左之助さんが人斬り抜刀斎の情報を集めに奔放している間、あの人達は一度もごろつき長屋にやって来ることはなかった。
「まあ、そんなところです」
「なァに心配すんな。あの伝説の維新志士、人斬り抜刀斎が相手だが、オレもそう簡単に負けるつもりはねえよ。それより飯だ飯っ!」
「(私が左之助さんに秘密を話さないように、左之助さんもまた私に秘密を打ち明けることはない。……けど、相楽隊長の話をいつか話してもらえると良いな…)」
そんなことを考えながら「赤べこ」の暖簾を押し退けて入店した瞬間、私の頬は少し引き攣ってしまった。其処には美味しそうに牛鍋を食べている神谷さん、明神弥彦、そして緋村剣心がいるのだ。
「左之助さん、ダメですからね」
「分かってるよ、この店に迷惑は掛けねえ」
その言葉にホッとする私に「オレを信用してるのか信用してねえのか。どっちなんだよ」と、左之助さんは口許をへの字に曲げて拗ねた真似をした。
「……大盛りで手を打ちましょう」
「おかわりもいいか?」
「まあ、おかわりは別に良いですよ」
このお金は本当に使いきって手元に残して置きたくない武田観柳の持っていたお金、お金自体は悪くないのかも知れないけれど。
私は悪どい実業家に強請られたくないのだ。