「いやー、天下の糸色先生に見て貰えるとは我が校も鼻高々ですな!」
ハッハッハッ!と高笑いする京都府実業学校の校長の言葉に苦笑を浮かべつつ、左之助さんのところに生徒を斡旋し、就職先の一つにしようとしている会話が聞こえてきたりします。
あまり、そういうのは本人の前で話すのは如何な物かと思うのですけれど。左之助さんは意外にも乗り気……いえ、元々頼まれると引き受ける硬派で男気に溢れるカッコいい人ですね。
そう一人で納得しているとき、ふと窓の外に人影を見つけて、そちらに目線を向けると、爽やかな笑顔で下半身を露出させ、ニワトリを追いかける人が見えた。
「ひぃんッ!」
「? どうかしたのか?」
「何か見ましたかね?」
私の見ていた窓の外に二人とも視線を向けますが、ニワトリの群れにつつかれて嘆く男性しか見えず、辛うじて下半身の露出はニワトリで隠れています。
「なんだ、ただのオッサンか」
「ああ、姉畑先生ですな。自然と動物を愛する教員で、生徒に混じって動物の世話をしている最中なのでしょう。……ただ、良からぬ噂も流れている教員で」
「良からぬ噂?」
なんで、そこで聞くんですか!?
「えぇ、夜な夜な牛舎に忍び込み、牛に抱きついていたり、ニワトリの産卵をジッと見ていたり、変なところはありますが、生徒にも慕われているのです」
……ウコチャヌプコロしたんですね。
「ああっ、待って!大好きなんだ!」
「ニワトリに愛を叫んでやがるな……あ、そうだ。あのオッサンだ、交易場に来て『外国の動物は買えるのか』とか『魚介は扱っているのか』とか聞いてたヤツ」
「ほう。海外の動物にも興味を持つとは、流石は我が校の教員ですな。ハッハッハッ!」
単なる性欲だと思いますよ、アレ。
「景、さっきから頭抱えてどうした?」
「いえ、しとりの傍にドンが居ることを思い出して、あの様子だと大変な事になりそうだと思っているんですが、どうしましょうか」
「それなら景は戻っとくか?」
「確かに、ご息女にご迷惑が掛かる可能性もありますな。糸色先生、こちらは亭主の相楽さんと話しておりますので、戻ってあげてください」
「すみません。ありがとうございます」
そう言って私は校庭で遊ぶと言っていたしとりとひとえを探しに雪駄に履き替えて、外に出るとしとりとひとえの傍に立つ姉畑支遁を見つけてしまった。
あ、ドンに恋しちゃってる。
「なんて、きみは美しい…艶やかな毛、凛々しくも愛らしさを感じる顔だち、獰猛さを秘めた牙と爪…可愛いですねぇとても愛らしい……本当に愛らしい…大好きだぁ~!!大好きなんだ!」
ダッ!と駆け出す姉畑支遁。
その様子にしとりとひとえは走り出し、ドンはトトトトッ!と砂煙を巻き上げ、全速力で校庭を走り出す。ドンを必死に追いかける姉畑支遁。
刹那、スライディングめいた動きで姉畑支遁はドンのフサフサとした尻尾を掴み、しとりとひとえも慌てて止まり、逆走を始める。
「おとなしくしてなさいッ、大丈夫ッ!大丈夫だからッ!大好きだからッ!!」
「ん!ドンを離せ!」
「どんちゃんを虐めちゃダメ!!」
「あっ、だめ!?そこで止まりなさい…!」
私がそう叫ぶよりも先にしとりの振るった電光丸が閃き、ひとえの放り投げた雪駄が姉畑支遁の顔面にめり込み、彼は緩やかに地面に倒れ伏した。