少し飛んで、一年後の明治24年(1891年)───。
「ケホッ、ケホッ」
寝室の戸を開けると、小さな咳を繰り返す景が寝巻きから部屋着に着替えていた。最近は浴衣を中心に身に付け、恵やオッサンの渡した新薬を飲み、動ける日もあれば動けず、ずっと寝ている日もある。
色白の肌は艶かしく、病を患っているとは思えない妖しさを纏っている。「妖艶」という言葉があるが、今の景は正しくその言葉の通りだ。
「お粥、食えるか?」
「っ、お、おはようございます」
血で汚れた手のひらをちり紙で拭き、鼻血を垂らす顔は申し訳無さと不安に染まり、オレを見つめる目には罪悪感が見え隠れする。
自分の世話を押し付けていると思っているんだろうが、お前の世話をするのも、ずっと一緒に生きるのもオレの役目だ。ほかの誰にも渡すつもりはない。
「……あ、美味しいです。梅干し好き」
「おう」
知ってる。
梅干しを潰して練ったものを餅に加えるのも好きだって事も絵を描く時に舌先に筆の毛を乗せ、湿らせる癖も眼鏡の橋の重さで眉間を触る数も覚えている。
オッサンは二年か三年は大丈夫だと言っていたが、今の弱った景を見るとウソに思えてしまう。だが、オッサンも恵も必死に薬を作っていた。
アイツらは悪くない。
「なあ、景」
「いやです」
「オッサンの提案を受け入れろよ」
景はオレの言葉を遮るが、構わずに告げる。
オッサンは「核鉄を心臓代わりにする事は可能だ。しかし、心臓を残したまま埋め込めるのかは私にも分からない」と言っていた。
「オレはお前に生きてほしい」
「……無理なんですよ」
ポツリと景は呟き、核鉄を胸に押し当てた。
───次の瞬間、核鉄は弾けた。
いや、吹き飛んだと言うべきなのか?と部屋の端に転がる核鉄はひび割れ、今にも壊れそうな傷を残しているのが見えた。
「私の身体の中、もういっぱいなんです」
申し訳無さそうに景は笑った。
そう言う顔が見たいんじゃねえ。
「あと、二年か一年しかねえんだぞ」
「違いますよ、まだ二年です」
あと、じゃなくて、まだなのか。
「景、言葉遊びじゃない」
「フフ、負け惜しみですか?」
フンスと胸を張って笑う景の頬に手を添えて、お粥を食ったせいか。ほんのりと熱が増したようにも感じる景の首のチョーカーを外す。
「あ」
「今は外しとけ、喉を痛める」
「……はい」
残念そうな顔をする景から空のお椀を受け取り、しとりとひとえの覗いている寝室の戸を開け、オレの代わりに話し相手になってもらう。
気丈に振る舞う分、負担も増えている。
景とは、あとどれだけ一緒に居られるんだ。