「糸色殿、左之、ちょうど良いところに」
碁盤を抱えた緋村剣心の足元には背中を押さえて蹲っている見知らぬ男の人。よく見れば梯子を塀に立て掛け、家の中を覗こうとしているようです。
「私より警察では?」
「そうだぞ。剣心、どうせ覗き見するヤツの目的は薫か燕の二人だろうからな」
「そうなのでござるが、薫殿の投げた碁盤がこの者の背中に直撃し、ぎっくり腰になってしまったようなのでござるよ」
「自業自得じゃねえか」
「あ、あはは...」
なんとも言えない気持ちになりますね。
動けない男の人の背中を擦ろうとしたら、左之助さんに抱き上げられ、こんこんと「お前は男に近付くな」と言われる。
それだと左之助さんもですよ?
「……オレは良いんだよ」
「不条理ですよ、それだと」
そう言いながらも背中を押さえることをやめて、四つん這いで逃げ始める男の人を見下ろします。冷や汗を流して、今にも死んでしまいそうな顔色ですね。
「ひとえー、此方に来てくれますか!」
「あい!」
袖の中に仕舞っていた普通の拡声器、メガホンとも言われるものを取り出して、ひとえの事を呼ぶとひとえを抱っこしたしとりが走ってきました。
「ん!わたし、稽古に戻るね!」
「フフ、ありがとうございます」
「ん!」
左之助さんに降ろしてもらい、私はひとえに「この男の人の背中に癒やしの力を使ってくれますか?」と言いながら、私もショウドウフォンを使い、「快」「癒」と書いて彼自身の治癒力を高めます。
「かみ」
「? ひーはひーだよ?」
「めがみさま」
「私は普通の人妻ですねえ」
人は、理解できないものを神様と思うことはあります。ですが、私に信仰を向けるのはやめてください。本当に出てきてしまいそうですから。
「とりあえず、連れていくでござる」
「そうだな。景、先に行っててくれ」
「はい。お気をつけて」
ひとえと一緒に左之助さんと緋村剣心を見送り、静かに終わりそうな事件に、ほうっと安堵する。しかし、人妻に好意を向けるなんて悪い人です。
浮気や不倫は悪い文明です。
「かーさま、いこ?」
「えぇ、そうですね」
ひとえに手を引かれて、しとりの他流試合を応援するために向かう。薫さんと明神君に教わっているから、二代目剣道小町と呼ばれているそうですが、剣路君も二代目と言われるかも知れませんね。
ひとえも私の写し身と言われて、イヤな思いをするかも知れないと想像するだけで申し訳なくなります。ですが、それを起こさないために頑張るのです。