「……ドクトル、これなんですか?」
「新しい核鉄だが?」
「黒い核鉄は難しい筈じゃ」
「黒い核鉄と言ってもパピヨニウムを原料とし、加工した作品ではあるよ。ススハム君にタイムベルトを貸したら、普通に取ってきてくれた」
コポコポと泡立つフラスコの薬品の音をイヤに頭の中に残しつつ、ゆっくりとこめかみを押さえ……るのは無理なので、考え込みます。
「パピヨニウムって未来の更に未来の出来事だったと思うんですけど。ドクトル、まさかススハムさんを本当に未来に送ったんですか?」
「そうだが、なぜ呆れ顔に?」
「私は時間関係のひみつ道具に適性がありませんが、時空間を越えるときに生じるリスクヘッジの高さは知っているつもりです」
楔。
いわゆるセーブポイントを未来と過去の両方に用意しておく必要があるのです。糸色家の場合は血筋や蛮竜の気配など楔は多く存在していますけど。
どうやってススハムは時空間転移を?
「私としてはもしもボックスを作ってみたいのだが、ダメなのだろうか」
「ダメに決まっているでしょうっ」
そう言うと「HAHAHA」といつものように笑い、そんな彼の飄々とした態度に苦笑を浮かべながら、私は「あまり無茶を頼んではいけませんよ?」と言い、ちょっとだけ言葉を付け加える。
あまり信用できませんね。
「───ところで、なぜ私はドクトルの研究所で実験台の上に寝転んでいるのでしょうか?」
「改造するためだが?」
「四十九回は断っていますし、二百七十二回その提案を拒否していますし、百一回は話を逸らしていますし、十八回はススハムさんに助けを求めていますし、そういうのはいい加減に諦めてほしいです」
「その記憶力、本当に素晴らしい。脳みそを摘出し、身体は左之助君に返してみようか?」
「……あの、ドクトル?あまりマッドサイエンティストの真似事は似合っていませんよ。いつものようにオチャメで楽しそうにしているほうがドクトルらしくて、とても似合っていますよ?」
私の言葉にメスを構えた手を止め、静かに目を閉じて溜め息を吐くドクトル・バタフライは私の首を固定する枷を外し、手足を縛り付ける革ベルトを丁寧に外してくれました。
「君は一度信じると本当にアレだね。見知らぬ人間はとても警戒するのに、本当に。どうして、私の理解者たる君が死ななくてはいけないんだ」
私の手を握り、そう懺悔するドクトル・バタフライにどう言葉を紡ごうと言えることはありません。私に出来るのは立ち直るのを待つことだけ。