相楽左之助にとって、糸色景は全てだ。
復讐の果てに朽ちる悪道を進む自分を引き留め、日の当たる世界に引っ張り出してくれた月明かりのように闇夜を照らす小さな道標───。
人の温もりを思い出させてくれた女。
家族として愛を紡ぎ、育んだ間柄。
子を設け、父となった。
だが、その糸色景は消えそうになっている。
月の欠けた太陽は翳り続ける。
「なあ、景は助かるよな?」
十三年も前に出会って以降、人を辞めてホムンクルスと化した蝶野のオッサンに問う。景の心肺の患いを何度も処置し、延命を続けてくれた男を見詰める。
「───彼女に口止めを受けているが、率直に伝えよう。左之助君、今の医学では彼女を救う事は出来ない。クローニング技術の発展は目覚ましい。だが、糸色君の身体を複製し、手術する事は不可能だ」
「なんでだッ!理由を教えろ!!」
オッサンの胸ぐらを掴んだ瞬間、機械が地面に転がり、ガラスの瓶が幾つか砕ける。
「
「……そいつは、湖の爺さんか?」
「いいや、NOだ」
「じゃあ、どいつだ!!」
「少し落ち着きたまえ。左之助君は、
「男が天女の羽衣を盗む話だろ」
「その天女は八人存在し、一人は姿形を持たない妖怪に喰われ、身体を奪われた。辛うじて残った七人の天女の一人は羽衣を失い、帰れずにいた」
「景は人間だろう。天女みてえに綺麗だからってこじつけるなよ」
オレの指摘にオッサンは困った顔を作る。
「糸色君は確かに人間だろう。しかし、人の身に固執するというより人でなければいけないと思い込んでいる上、夫の言葉を拒むほどに、だ」
……言われれば確かにそうだ。
景はホムンクルスになることも妖怪になることも拒み、あまつさえ人の身のまま死のうとすら考えはじめていることは恵や薫に聞いた。
だが、それが天女とどう繋がる。
「糸色君の身体には三つ。ひとつは楯敷ツカサの奪おうとした戦士達の記憶とコア、ひとつは妖怪達を支配し統べる王、最後が天女の魂と記憶になっている」
「……つまり、景は誰かに無理やり身体の中に危ないものを埋め込まれていたってことか」
「そうなるね。ガイアメモリとコアメダルの二つは確実に確保し、破壊しなければいけない。だが、糸色君は頑なに摘出に賛同しない。────たった一度だけとは言え、人を傷付けてしまった記憶が残っているのだろう」
それは、オレのせいだ。
結局、オレのせいかよ。