座して構える大文字煎子へと間合いを詰め、面打ちを放つ明神君の剣撃は空を斬る。正座したまま彼女は後ろに下がり、剣の先を掠める程度に退く。
「どういう動きだよ……なら」
素早く鋭い突きを繰り出す。
大文字煎子は茶杓を使い、弾こうと構えた瞬間、斬撃の軌道は変化し、明神君の木刀は彼女の右肩を捉え、初めての痛撃を叩き込んだ。
この仕合が開始して、初めて大文字煎子の涼やかな顔が苦悶に歪む。が、木刀の切っ先を茶杓で巻き込み、明神君を真上に放り投げる。
「投げたのか?!」
「どうやったんだよ」
ざわめく観客席。
「ハッピーもしてたね」
「エロ小僧の技とは違うぞ、ひとえ」
キセルホイップの事ですね。
アレは相手の威力の軌道をずらし、真上や真横に吹き飛ばすという技です。単純に見えますが、極めて繊細な力の流れを読み取る観察眼を必要とする。
「っと、と…!今のは危なかった」
「そう」
「次、始めようか」
木刀を上段に構え、そう告げる明神君。
二畳の間合いの先に座して構える大文字煎子に届く技は神谷活心流に存在しているのかと私も明神君と大文字煎子の仕合を眺めつつ、熟考を始める。
「天地人剣」
しなやかに、軽やかに───。
振り下ろした木刀は受けに回った柄杓を斬り、軌道を逸らそうと巻き付く袱紗を斬り、大文字煎子の目の前に迫り、彼女の身体は真横に退き、逃げた。
「(天地人剣は『十勇士編』の時に登場する明神君だけの必殺技でしたが、まさか私と左之助さんのいない時期に起こっていたりしたのでしょうか?)」
「ホウ、鎧通しの一種か。儂の不動凍奴に痛打を与えるかも知れんほど練り上がっている。善き!」
「びゃっくん、頭の上でうるさい」
「おお、すまんな。しとり様!」
凍座白也にそう言うしとりの視線はずっと明神君に向いて、青い目は更に深みを増しているようにも見えますが、この「天挑五輪大武會」は楽しい場所であり、見て学ぶ事の出来る空間です。
見稽古の真骨頂は「見て」「学ぶ」ことです。
「しとりは今も成長期ですねえ」
「ん、まだまだ大きくなる」
「ひーもだよ!」
「フフ、がんばってね」
そう二人に話しながら、左之助さんは明神君の成長に笑みを浮かべ、自分と戦うときの事を想定し、最高の準備を期待しているように思えます。
仕切り直し。
新しい柄杓を袖の内に隠していた大文字煎子は静かに目線を明神君に向ける。真剣みを帯び始めた視線に明神君も笑みを浮かべ、正眼に構え直す。
どちらも次の攻防で決着と考えているようですね。