「しとり、怖くありませんか?」
「ん、怖くないよ」
第四仕合に向けて、全身の柔軟体操を繰り返しているしとりにそう問い掛けると焦りも恐れも無い冷静な言葉が返ってきます。
蛇のようにしなやかに身体を曲げ、ストレッチを続けている長女の姿は剣士というより武道家に見えるのは何故でしょうか。
───とは言えです。
相手は臨獣拳の使い手です。
如何に天賦の才能を持つしとりでも危険な相手ということもあり、危険と判断した場合、左之助さんを始めとした関係者は止めに入って貰う。
そのつもりですけど。
マスター・シャーフーの登場によって、ほんの少しだけ代わりそうになっているのですが……。
「ネコちゃん、よしよし」
「ホッホッ、善き撫で方じゃのう」
ひとえの無自覚に相手を誑し込んでしまうゴッドハンドによってマスター・シャーフーは猫撫で声を出して、とても嬉しそうに鳴いている。
七拳聖最強の激獣拳の使い手ですよね?と問い詰めたくなるような振る舞いに私は苦笑を浮かべ、左之助さんはしとりのストレッチを手伝っています。
優しい貴方も大好きです。
「父様、鳥の臭いがする人って清国の人なの?」
「あ?あー、そこのネコ人間の話だとそうだな。オレとしては獣の拳を宿すと言われても分からん」
「そうなの?」
「そうなんだよ。そういうのは景に聞け」
「母様、教えて!」
左之助さんの丸投げによって「獣拳」の事を教えることになってしまい、清国の拳法を詳しく知っているとまた怪しまれそうでイヤです。
ですが、娘のために甘んじて受け入れる。
「私の知っていることだけですよ?」
「ん!」
素直に頷くしとりは良い子です。
「獣拳の歴史は永く三千九百余年の歴史を有し、激気と臨気という二つの『気功』に二分割されています。あちらのマスター・シャーフーは、おそらく激獣拳という正義感や勇気、愛情、友情など正の感情の高まりを力に変える流派です」
そこで言葉を区切り、彼を見据える。ひとえと遊んでいた時と違って、私の事を詳しく見極めようとする視線の圧力に少しだけ苦しさを覚える。
「対する臨獣拳は、憎しみや妬み、怒りの負の感情を力に変える流派です。こちらはしとりとひとえには扱えない流派ですね」
「ん、なんでなの?」
「しとりもひとえも優しいからです」
二人とも誰かを傷つけるより誰かを助けるために動くことも多いですし、悪い感情なんて二人とも抱けるような性格ではありません。
しとりもひとえも可愛い可愛い愛娘です。
とてもソーキュートなんです。