……おかしい。
これは絶対におかしすぎる。
どうして、朝目覚めたら札幌の宿屋にいるのだろうか?これは絶対におかしい。誰かに誘拐……しかも抱えて移動させられないと無理だ。何故なら函館から札幌まで歩けるような体力は私には無い。
「しとりも一緒に連れ去るなんて…」
「…んっ…ふむぅ……」
「まだ、眠ってていいのよぉ」
ポンポンとしとりの事を抱っこしながら背中を優しく一定のリズムで叩き、眠りやすいリズムを彼女の身体に教えてあげていると部屋の扉が力任せに開いた。
こめかみにそれはもう見事な青筋を立てて怒っている斎藤一が煙草の火を携帯用の灰皿に入れて消し、ズカズカと寝間着姿の私の間近に近寄り、鋭く射貫きそうな眼光で見下ろしてくる。
「さ、斎藤さん、怒っちゃ嫌です」
「どれだけ警戒心が無いんだ貴様はッ!」
「み゛ぃっ!?」
彼の怒声に情けない悲鳴を上げ、涙目になりながら彼の事を見上げる。私の事を心配してくれているのは分かるけど、怖いものは怖いんですからね?!
「ハアァ……これが明治政界に強力な発言権を持つ糸色家の一人娘なんて信じられん。五年前の警戒心はどうしたんだ、完全に抜けきっているじゃないか」
「す、すみません、でも、眠ってたから」
「相楽はどうした?」
「いっ、一緒に寝てました」
「……阿呆が。まんまと妻を奪われやがって、札幌の任務が終わるまで大人しくしていろ。覗き見している奴らも下手に手出しするなよ、名家の娘だ。泣かせたら極刑では済まんからな」
「「「は、ハッ!!」」」
ビシッ!と扉の向こう側で敬礼する警官隊。その中を掻き分けて永倉新八と鷲塚慶一郎、三島君、そして中々に素敵なお髭の似合うダンディなおじ様が部屋の中に入ってきた。
左之助さんの方がカッコいいですけどね!
「斎藤、お嬢ちゃんが来たのは真夜中みてえだ。白髪の紳士然とした初老の男、おそらくお前が五年前に借りを作ったっていう蝶野家のヤツだろう」
「チッ。やはりアイツか」
「相楽殿、一先ず此方を羽織って下さい」
「糸色景、日本屈指の絵師であり他国を上回る先進的技術の知識を持つ才媛とは聞いていたが随分と小さい上に新撰組とつるんでいるとはな」
……この人、さては嫌な人ですね?
それにしても私の「北海道編」の記憶は武田観柳のところで終わっている筈なのに、彼の名前と姿を思い出せるのは「前世の記憶の保持」のおかげだろうか。
「阿部、静かにしておけ」
「『阿部さん、静かにして下さい』だ」
彼は阿部十郎、かつて新撰組を抜けて御陵衛士となった人だ。私の記憶に残っている彼は拳銃を使うけど、何故か刀を佩いている。
「全く、北海道は奇縁ばかりだねぇ」
「奇縁、ですか?」
寝間着の上に鷲塚慶一郎の貸してくれた外套を羽織って隣に座ってきた永倉新八の呟きに首を傾げる。因縁の相手なのは間違いないけど。
どこか旧友と話すような雰囲気にも見える。
「新撰組が陸奥なら、御陵衛士は不破とだ」
その言葉に思わず、不破信二を思い出す。
あの人は岡田以蔵と戦ったとは言っていたけど。
まだ他の人と戦っていたとは言っていなかった。つまり、彼はあれからも維新志士に、新撰組に、御陵衛士にも勝負を挑んでいた事になる。
流石に、それは手当たり次第すぎるわよ。