クッキーを取り合う大人の見苦しさをケラケラと笑う個魔の事を嗜めつつ、しとりと剣路君にミルクティーのお代わりを淹れてあげていたとき、ドアノッカーを叩く音が聴こえてきた。
誰かの知り合いが来たのかと考える間もなく、緋村剣心が玄関の扉を開けた瞬間、中々に渋い雰囲気の男の人が杖を突いて玄関先に佇んでいた。
「山県…さん?!」
「久しぶりだな。緋村」
やまがた?……ということは山県有朋ですね。
この時期に現れるという事は大久保利通と同じように緋村剣心を勧誘に来たのだろうかと思う。瞬時に「前世の記憶」として情報を得ることは出来ないので、ゆっくりと熟考する必要がある。
「景、ありゃあ誰だ」
「山県有朋。元長州派維新志士、五年前は陸軍卿として勤め、今は内務卿として日本政界の最重要人物です。余りに多忙すぎるため、分身しているという噂もあるミステリアスな……コホン、不思議な人です」
そもそも忙しい筈の内務卿が北海道にいること事態がおかしいんです。左之助さんも交易の許可を貰うときに許可書を貰っている筈なんですけど。
まさか忘れてるんですか?
「ねえ、張」
「なんや」
「五年も日本を離れてたのに日本の状況に詳しいわよね、景ちゃんってさ」
「そういうもんなんやろ」
本条さんと沢下条さんの会話を無視して、私は居間の方に案内される山県有朋を見つめる。やはり、どこか違和感を感じてしまう。
大久保利通の事件を考えれば、北海道にやって来るなんていう大胆な事は出来ないはず、なにより本人なのかも怪しい人物なのだから。
「しかし、大久保利通の書き残した今後の日本政界に必要な人物に名前と人相の載っていた糸色景とは想像よりも小柄な女性の様だ」
「(大久保卿の書き残したもの…?)」
普通に冗談や緋村剣心を勧誘するついでに、私の事を誘っているだけかと思っていたんですけど。もしかして、あのときの勧誘も本気だったんですね。
「人の女房を誘うな」
「君は誰だ?」
「相楽左之助、景の旦那で剣心の親友だ」
ピクリと山県有朋の顔が僅かに動いた。
相楽左之助といえば東京一喧嘩の強くて海外交易、化粧品、製紙産業など多岐に渡る会社を広げている凄い人ですからね。山県有朋にも名前は轟いているのです。
「勧誘は追々にしよう。緋村、私が此処を訪れたのは剣客兵器の要求を断るためだ」
「断る、でござるか」
「嗚呼、奴らの言う富国強兵は明治日本の理想の一つではあるが今は力を蓄えるとき、文明開化の強みを止める事は絶対に出来ない」
その言葉に井上君達はウンウンと頷いている。
まあ、彼らの理想ですからね。