あの後、私は子供のように泣きつかれて眠ってしまったらしく左之助さんにもう迷惑を掛けないと言って早々に迷惑を掛けてしまい、なにより泣きつかれて眠るなんていう醜態を見せたことを恥じるばかりだ。
それでも平常心を保つために深呼吸して、神谷活心流道場の正門を抜け、こっそりと道場内を覗こうとした瞬間、ポンと左之助さんに背中を押される。
「糸色さん!」
「三下り半じゃなかったのかよ」
「ちょっと失礼よ、弥彦!」
「まあまあ、二人とも喧嘩せず。先ずは左之を見捨てずに糸色殿がここに無事に帰ってきてくれたことを祝うでござるよ」
「えぇ、そうね」
いきなり言い合いを始める神谷さんと明神君のやり取りに驚き、二人の仲裁を行う緋村剣心の言葉を聞いて、私は更に困惑してしまう。
「良かったな、左之助」
「うるせえよっ」
いや、えっと、私と左之助さんは恋人でも夫婦でも無いんだけど。明神君の三下り半という言葉を否定すると更にややこしく、みんなを巻き込むことになる。
そんなことを思い悩んでいたとき、ふと視線を感じて道場脇の母屋に通じる廊下に立つ高荷さんと目が合い、彼女の全身を見るけど、特に怪我や誘拐された痕跡の無く、まだ武田観柳は接触していない様だ。
ほうっと安堵の息をこぼす。
「糸色さん、無事だったのね…!」
「高荷さんも無事で良かったです。ちょっと仕事の都合で遠出していただけですから、あの事には関係は一つもないですよ」
「……ほんとうに、そうなの?」
「はい。ほんとうです」
お互いの安否を確かめ合い、お互いに微笑む。良かった、あの人達は私との約束を守ってくれたんだ。その事実を知れただけでも嬉しい。
不服そうに高荷さんを見つめる左之助さんの袖を、くいっと引っ張って顔を横に振る。私が武田観柳邸に居たことは高荷さんは内緒にしておきたい。
「……と、ところで。その、糸色さん!」
「はい。なんですか神谷さん」
「左之助とは、やっぱりコレなの?」
だから、はしたないですってば。
そんなことを思いながら私は流石に恋愛事情に興味津々すぎる、親指を立ててピコピコさせる神谷さんに詰め寄って、男性陣には聞こえない様な小さな声で「もういい加減にしないと神谷さんでも怒りますよ」と苦言を呈し、注意の言葉を告げる。
「だ、だって、あんなに強く抱き合って…」
「おいおい、いくら嬢ちゃんでも出歯亀はよくねえな。こういうのは親しいヤツにも内緒にしとくもんだぜ。糸色もそう思うだろ?」
「し、知りませんよ!」
ごろつき長屋での出来事、見られてたの?と思わず、私は隣に立っている左之助さんに身体ごと顔を向け、私が寝ているときに何があったのかを問い質したい気持ちで頭の中がいっぱいになる。
「おろ?何やら雲行きが怪しくなったでござるな」
緋村剣心も黙って…お願いだから!