「不味いな、あの男。先読みが異常に速い」
「どうにかなりませんか?」
「私も戦いたいが『げぇむ』の時間じゃない」
「ん!ドン、いけ!」
その言葉と共にドンが個魔の方の黒衣をすり抜け、フワフワの冬毛を風に揺らしながら滑空し、私達を追っていた剣客兵器の男に飛びつき、見事に噛みつき、引っ掻き、身体中を駆け回っている。
「もどる!」
しとりの呼び掛けと個魔の方の黒衣の伸びた坂道を駆け上がってきたクズリのドンの血で汚れた口や爪をアルコールを染み込ませた手拭いで拭いてあげる。
暴れることなくドンは私の手入れを受け入れ、しっかりと消毒されたらしとりを傷付けないように伏せて、爪や牙を出さないように頭を撫でられる。
動物と触れ合う娘が可愛い…!
「母者、コイツさ。妖怪じゃないか?」
「妖怪じゃないです、たぶん」
「け、景さんはさっきから誰と喋ってるの?」
「……しとりに取り憑く妖怪?」
「私は個魔だからぷれい屋のそばッ…ゲホッ」
そう言うと個魔の方はしとりの頭を優しく触った次の瞬間、彼女の身体に槍のようにも剣のようにも見える武具が突き刺さり、黒衣の一部が崩れ、慌てて下を見るとドンに負けていた男が無傷で佇んでいた。
替え玉。影武者、偽物を用意していた?
「ご丁寧に破邪の護符付きか、向こうにも似たのがいるのか?───だが、身重の母者がいるのに随分とカスみたいな真似をする」
ゆっくりと剣槍を引き抜いた個魔の方は怒りを宿した眼差しを地上を走る剣客兵器の男を見下し、小型の箱と札を取り出して、撃盤と撃符……いえ、まだしとりは妖怪と契約していないから術符でしょうか?
「嬢ちゃん、デビュー戦だ。行ける?」
「ん!しとりがやる!!」
青色の撃盤を受け取ったしとりの言葉にクスリと笑ってしまう。左之助さんも似たように勝負時に言うことがある言葉を彼女が言うんだもの。
「んっ!あそぼ、きて!」
術符を撃盤に差し込み、振りかざした瞬間、二つ頭の子供が飛び出していき、剣客兵器の身体に纏わりつき、脇や足の裏、お腹をコチョコチョと擽って大爆笑の悲鳴が聞こえてきた。
「しとり、帰ったら教えてね?」
「ん!げきばん、げきふ!」
「私が教えても良いけど。父者は私が見えないし、声も聞こえないからな。筆談にするにしても私も何十年と文字なんて書いてないからな」
……何歳なのかしら?
「分からない、何も分からないわ」
「大丈夫ですよ、薫さん」
「景さん」
「時期に慣れます」
「景さん!?」
戸惑うばかりじゃダメなんです。
ときには駆け出さなければいけないのです。