武田観柳邸の門を力任せに斬馬刀を振り下ろして圧し斬り、煉瓦を敷き詰めた地面を叩き砕く轟音に慌ただしく出てきた奴らの中に怯えて涙を流す糸色を拐った般若面のヤツはいない。
オレが油断しなけりゃ泣かなくて済んだ。
「テメェ等に大して恨みはねえが喧嘩屋の斬左の女を拐ったんだ。テメェ等も纏めて同罪の手加減抜きの全殺しだァ……!!」
「全殺しはダメでござるよ、左之!」
「オレも忘れるんじゃねえ!」
雑多に集めた私兵団の群れに骨董品だからと手直しの時に刃引きされた斬馬刀を放り投げ、超重量の鉄塊にビビり竦んだ手前のヤツから殴り、斬馬刀の柄を蹴り上げ、分厚く作られた鎬で私兵団を殴打する。
しかし、それよりも数倍の速さで私兵団を逆刃刀で叩き、一撃必倒を繰り返す剣心と、その近くで刀を相手に竹刀を振るって応戦する弥彦に頼もしさを感じる。
十分も経たずに百人はいた武田観柳の私兵団は根こそぎ失神し、痛みに悶えて呻き声を上げながら地面に横たわり、死屍累々の惨状を作り出していた。
「フン!ざっとこんなもんだぜ!」
「弥彦の成長は凄いでござるな」
自信満々に竹刀を掲げる弥彦と逆刃刀を鞘に納める剣心の間を抜け、オレ達を屋敷の二階から青ざめた顔で見下ろす洋式服に身を包んだ、オレの糸色を連れ去りやがった男の大将の憎たらしい顔を睨み付ける。
「武田観柳、オレの女を返して貰おうか!!」
「恵殿もでござるよ、左之」
「ちゃんと恵も返しやがれ!」
怒気の混ざった声に竦み上がる武田観柳を庇うように外套を着た長身の男が現れる。
「生憎、あの女は我ら御庭番衆の物だ。貴様の様な街の破落戸程度にあの女の知恵を扱い切るなど到底不可能だ、見逃してやるから大人しく身を引いておけ」
その言葉に外套の男と般若面の男が被る。
「成る程、テメェが泣かしやがったんだな?テメェが糸色を怯えさせて、泣かして、嫌がるアイツを連れ去りやがったあの般若面の親玉かァ!!」
「破落戸に何かを言ったところで無駄か。観柳、お前は奥の部屋で座っていろ」
「え、えぇ、そうしますよ」
「人斬り抜刀斎、二人の女を助けたければ此処まで来ることだな」
青ざめた顔の武田観柳は部屋の奥に消え、外套の男はオレの睨みに怯むこともなく、真っ直ぐに剣心の事を見つめ、武田観柳に続くように部屋の奥に消えていった。
「行くでござるよ、左之」
「嗚呼、分かってらァ」
地面に突き立てていた斬馬刀を担ぎ、派手な装飾まみれの屋敷の扉を蹴破った瞬間、オレの視線は真っ直ぐ、目の前に佇んでいる糸色を連れ去った般若面の男、たった一人に注がれる。
「剣心、弥彦、コイツはオレが殺る…!」
「何度戦ったところで無駄だと教えてやる」
その言葉を皮切りにオレは駆け出す。
「うぉらっ!!」
「大雑把な攻撃だな、ムンッ!」
通路の天井を抉り斬る斬馬刀を振り下ろし、力任せに地面を砕く。───だが、般若はオレの一撃を軽やかな足捌きで避け、瞬きより疾くオレの間合いに踏み込み、あの時と同じ左右の乱打を叩き込んできた。
「やはりこの程、どォッ!?」
「来るのが分かってんだッ、屁でもねえ…!」
「この破落戸がッ!」
メキリと油断した般若にオレの拳がめり込み、骨の砕ける鈍い音と感触が拳から伝わる。
しかし、般若の野郎はへし折れた肋なんて気にせず、オレが一度殴る間にそれよりも疾く般若面の男は五発、六発と殴り返して来やがる。
「私の拳を受けて、何故倒れない」
「……ペッ。大事な女が奥で待ってるのに廊下で寝るわけがねえだろうが」
「成る程、どうやら見誤っていた様だな。貴様は街の破落戸ではなく、ただの意地を張り続ける大馬鹿者だッ!!」
オレを仕止めるために身を引き、渾身の右拳を振り抜こうとする般若面の足元に転がる斬馬刀の柄を踏みつけ、ほんの僅かに般若面の姿勢が崩れる。
「うおおおぉおっ!!」
「ぐっ、ごおぉっ!?」
左の頬を掠める般若の拳打を避け、そのまま飛び込むように左拳を振り抜き、ぶん殴った勢いのまま般若の顔面を力任せに地面に叩きつける。
「…ハァッ…ハァッ…次だ、次ィッ!!…」
そうオレは斬馬刀を拾い上げて叫ぶ。
待ってろよ、糸色。必ず助けてやる。ムカつくが高荷のヤツも助けてやらねえと嬢ちゃんも悲しむから仕方ねえ、ついでに助けてやるか。