ドクトル・バタフライの研究所で療養している雪代縁の精神は絶望に瀕しているとしか例えようがなく、私達に出来るのは彼の回復を願ってお世話をする事だけ。
普段はドクトル・バタフライや奈落によってカウンセリングを受けて、年長者の二人に感情をぶつけ、雪代縁はお姉さんを攻撃した現実に苦しんでいる。
「こんにちは、雪代さん」
「……帰れ……」
窶れて少し痩せた雪代縁は幽鬼のごとく澱んだ瞳を私に差し向け、そう言って病室として使われるゲストルームの床にへたり込んで心身喪失した様に振る舞って、もう何もかも諦めたように蹲っている。
「糸色君、身重の君が一人で近づくのは危ないと言っているだろう。雪代縁、雪代巴の目撃証言を集めてきた。何か思い当たることがあれば教えてくれ」
「…お粥、ここに置いておきます」
ドクトル・バタフライは雪代巴の情報を集めたという書類を置き、私も栄養を取るために飲み込み易くて栄養価の高いパンのお粥を置いて部屋を退出する。
直ぐにドクトル・バタフライの「男の寝室に入るのは知人友人といえど気を付けたまえ。君は自覚していないかも知れないが、美人なのだから」と言われた。
ジェントルマンの口説き文句を人妻に告げるのは宜しく無いじゃないんですか?と思いつつ、廊下を駆け抜けていくしとりとドンの姿を目で追う。
「……娘にナース服を着せたんですか?」
「いや、アレは私の趣味ではない。ロンドンに在住している衣装その物に情熱を注ぐ友人の作品だ。年齢を問わず、赤子から老人まで年齢層に合わせて全てのサイズを作っているフェチズムの塊だよ」
ロンドンという事は「エンバーミング」になりますけど。そういう事は教えてはいけないのでは?と考えながらも私の足元に戻ってきたしとりはメイド服に変わっており、余りの可愛さに気がつけば模写を始めてしまった。
「可愛いわよ、しとり」
「ん!えっへん!」
「キュート、キュートすぎるわ」
「二人揃って親馬鹿だね。まあ、私は息子と触れ合う事を止めているし、いずれ出会えたとして敵対する関係になるかも知れないからね」
「『人が歩むのは人の道。その道を拓くのは天の道』です。ドクトルは誰かのために、私や他の転生者のために前を歩いて生きてきた人です、お子さんと再会するときはお互いに分かり合える筈ですよ」
「天の道か……フッ、確かに蝶の道は私だけだな」
そう言うとドクトルは白衣の裾を翻し、先程まで悲しげに憂いを帯びていた瞳に力を灯し、楽しそうに笑って廊下を歩いていく。