最初に動いたのは四乃森蒼紫だった。
オレと戦っていた時より鋭く疾い剣戟に織り混ぜられた拳打と蹴撃を剣心は逆刃刀で防ぎ、往なし、小太刀の剣戟を受け止め、受け流す。
オレと河原で喧嘩したとき、鵜堂刃衛の襲撃を阻止したとき、幾度となくアイツの飛天御剣流の先読みには驚いていたが、まさか超至近距離で戦う拳法家の動きにも対応できるのか。
「コオォォ…!」
小太刀と逆刃刀の鍔迫り合いの最中、オレと弥彦の立つ壁際まで聴こえる異常な呼吸音と共に四乃森蒼紫の動きが素早さを増し、動きの質が変わる。
「ぶ、分身した!?分身したぞ左之助!」
「落ち着けよ、ただの目の錯覚だろ」
般若の野郎も似たような動きをしてやがったが、あの野郎の足捌きは数段──いや、数十段は上の動きだ。あの動きをさせられなかった自分の弱さに歯痒さを覚えつつ、オレと弥彦は不規則に動く四乃森蒼紫の間合いの中心に立つ剣心に意識を向ける。
「如何に神速を旨とする飛天御剣流と云えど静動の違う剣戟を受け止めることは不可能に近い。更にこの動きに異なる歩法を加えれば」
「なに?」
四乃森蒼紫の動きが直線に変わり、迎撃の一撃を振るった剣心の身体をアイツはすり抜け、剣心の背後に回り込んだ。いや、違う。四乃森蒼紫は真っ直ぐ歩いて、剣心の後ろに移動したんだ。
「グッ…今のは剣舞か!?」
あの一瞬の間に斬られたのか、剣心が膝を突く。
「其処の破落戸、あの女の価値はコレだ」
「どういう意味だ」
その言葉にオレは戸惑いを隠せず、上擦った声で四乃森蒼紫に聞き返す。どこか呆れたような顔で、立ち上がろうとする剣心を間合いの外に蹴り出し、四乃森蒼紫が
「物書きの才は当然知っているだろうがアレの価値は絵を描く事ではない。アイツの価値は、その膨大な知識量だ。我ら御庭番衆ですら知り得ぬ外国の詳細を知り、最先端の技術、今存在する兵器の設計図に加え、その改良型の新造兵器を日本はどの国よりも速く手に入れることが出来る」
「そこにアイツの意思がねえじゃねえか!」
斬馬刀を握り締めて四乃森蒼紫と戦おうとした瞬間、鋭い剣気を受け、オレも四乃森蒼紫も弥彦も剣心に向かって視線を注ぐ。
「貴様、人を何だと思っている。平穏に左之と暮らしたい糸色殿の意思を無視し、あまつさえ彼女の価値は知恵のみ?ふざけるのも大概にしておけ!!」
剣心が、本気で怒った。
「左之助、もう下がろうぜ」
「……チッ、次にやるときはオレが勝つ!剣心もさっさと終わらせて、糸色と高荷のヤツを助けに行くぞ!」
「嗚呼、直ぐに済ませる」
そう言うと剣心は逆刃刀を鞘に納める。
不規則に動くヤツを相手にするには神速の抜刀術で一撃必倒を決めるしかないのは分かっているが、あの構えが鵜堂刃衛と戦っていたときに使ったって言う「双龍閃」ってやつなのか?
「その愚策に乗ってやろう」
再び四乃森蒼紫が剣心を間合いの中心にして不規則に動き始める。
「回天剣舞が来るぞ、避けろ!!」
「オレの剣舞を満身創痍で受けるなど無駄だ!」
剣心の身体に向かって遠心力の加わった剣戟が衝突し掛けた瞬間、それよりも速く振り抜いた剣心の左手に握り締めていた鞘が回天剣舞を受け止め、必殺剣舞の初撃を防ぎ、抜き放たれた逆刃刀がヤツの身体を打ちのめす。
「飛天御剣流、双龍閃・雷…!」
「がっ、はあ゛まだだァ゛…!!」
「な、ぐうッ!?」
しかし、抜刀術からの乱れ打ちを受けた四乃森蒼紫は死に物狂いの拳を繰り出し、最後の最後で剣心を殴り飛ばしやがった。
「剣心!!」
「……だ、大丈夫でござる」
「なら行くぞ。糸色がオレを待ってる」
「一途すぎるのもアレだぞ、左之ぉ」
やれやれと言って立ち上がる剣心に「惚れた女を大事にするのは当たり前だろうが!」と言い返す。が、弥彦の「鬱陶しい男は嫌われるぞ」の一言に言い淀み、糸色に嫌われる自分を想像し、挫けそうになる。
そんなやり取りをしていたそのときだった。
「ハァーッハッハッハッ!良くやりましたよ、四乃森蒼紫!あれだけ自信満々に出向いて負けてしまったのは残念ですが、使えない駒は私には不要ッ!!」
この屋敷の主人・武田観柳が拍手と賛辞を四乃森蒼紫に送り、直ぐにアイツを切り捨てた。
「…観柳、貴様まさか!」
「ご名答!これこそ既に糸色先生の助言と図案を元に改良・改造を加えた
大きな布を被せた何かを構えた武田観柳に四乃森蒼紫が驚愕したように叫んだ次の瞬間、見たことのないデカさの何か──回転式機関砲を構え、とんでもない凄まじい破壊音が響く。
「逃げるでござるよ、弥彦!」
「お、おう!」
弥彦には剣心が着いてるな。
「グッ、ぬおぉおおぉおっ!!?」
「貴様、何をしている!」
「っせえなァ…!ここでテメェが死んだら再戦の喧嘩が出来ねえだろうが勝ち逃げは絶対に許さねえぞ、分かったかゴラァッ!!」
それを確認したオレは四乃森蒼紫の前に立ち、斬馬刀を床に突き立てて盾代わりにしながら全身に痛みを感じるほど凄まじい回転式機関砲の銃弾を斬馬刀で受け止める刀身が熱くなり、刀身が軋み始める。
クソ、持ってくれよ相棒…!
「蒼紫様!」
「テメェ、観柳!!」
「喧嘩屋、恩に着るぞ!」
「あの野郎、本当に使いやがったのか!?」
オレ達の通ってきた廊下から般若と式尉のヤツが現れ、高荷のヤツを拐った癋見とひょっとこが現れる。形勢逆転に繋がる可能性が出てくるが、オレは回転式機関砲を受けるのに手一杯で動けねえ…!
「えぇい、様を付けろ!!」
四乃森蒼紫には何も言わなかった癖に他のヤツが名前を呼び捨てにした瞬間、観柳は激昂して回転式機関砲の砲身を別方向に動かす。
「お前ら、用意しておけ!」
「承知…!」
オレと戦った時よりも巨大な樽を前に突き出して構えたひょっとこの背に般若と式尉、癋見が銃弾の雨を受けて尚も破壊されない大樽の裏に隠れて猛進を続け、大樽が粉々に砕け、中身が現れる。
「あれは、鐘でござるか?」
「……嗚呼、弾丸の軌道は横の動きに弱く丸みを帯びた鐘や傾斜のある盾を構えておけば事足りる」
「ひっ、ひいいぃああぁぁぁっ!!!」
そうオレ達に鐘を隠し持っていた理由を語る最中、カチカチと撃ち尽くした事にも気づかず、空回りする取っ手を握っていた観柳が回転式機関砲諸とも鐘の中に閉じ込められた。
「御頭、行きましょう」
「おい、待てよ。糸色と高荷は無事なんだろうな」
「このまま観柳の出てきた廊下を進め、その先に二人を閉じ込めている部屋がある。もはや敗れた我らには必要の無いものだからな。だが、緋村抜刀斎、いずれ貴様には再戦を申し込む」
般若の言葉に立ち上がった四乃森蒼紫にそう問い詰めるように聞けば、小さな鍵を投げ渡され、剣心が勝ったのに釈然としないままオレは奴らが消えるのを待たずに糸色を助けるために駆け出した。