「左之助さん、ちょっと良いですか」
「どうかしたのか?」
御神木と骨喰いの井戸のある森から帰ってきた私は左之助さんに奈落の事を報告するために近寄り、こっそりと内緒話をするために彼の袖を引く。
神無はしとりと一緒に灰刃坊と刀々斎様が別々に作っている何かを見つめている。彼女の耳や目は奈落と通じているけど、今はしとりの笑顔を見ていることしか出来ていないようですね。
人と話すときは目を見る。
ちゃんと守れていて偉いですよ。
そう後で褒めてあげようと思いつつ腰を曲げて耳を傾けてくれた左之助さんに「さっき奈落に似た人と会いました。多分、あれが『彼』やドクトルの話していた本物の奈落です」と小さな声で神無の耳や眼を通している奈落には聴こえないように話す。
「あと私のものになれって言われました」
「は?」
どす黒い感情の滲み出た一言に身体がビクリと跳ね、不安げに左之助さんの事を見つめると「蛮竜も打ち直して貰ったし。帰るには都合が良いが、神無のヤツを置いていくのもな」と直ぐに意識を切り替えてくれた。
流石です、お父さん。
そして、神無だけを残していくのは本当に心残りで仕方無いのも本心だ。彼女は無の妖怪と呼ばれていてもご飯を食べるし、お風呂にも入るし、一緒にしとりと三人で眠ったこともある。
彼女だけを残していくのは本当に辛いけど、私の使っていた櫛や道具を渡しておけば、いつか私の子供や生まれてくる孫、曾孫達が巡り会えるかも知れない。
「楓様にも伝えないとですね」
「そうだな。空気も澄んでて良かったが、景の薬も未来に帰らなきゃ手に入らない。お前にはオレと爺さん婆さんになるまで一緒に居て欲しいからな」
そう言って私の頭を撫でてくれる左之助さんに寄り添った瞬間、ゾワゾワする視線を森の方から感じてしまう。まだ、あそこにいるんですか。
巫女相手に初恋を拗らせて、次に狙うのは子持ちの人妻って流石に恋愛のハードルが高過ぎると私は思うんですよ。もっとこう、同じ妖怪のお相手を見つけて、しっかりと向き合うべきだわ。
そう思っていると何かを抱えたしとりが神無と一緒に近寄ってくるのが見えた。
「しとり、そろそろ帰ろうか?」
「かんなちゃんは?」
「また会いに来れば良いさ。神無、楓のばあさんに宜しく言っといてくれるか」
「…………分かった」
「神無さん、また会いましょうね。これ、私が使っていた櫛ですけど、良かったら持っていて下さい。貴女の白くて綺麗な髪に似合うから」
「…………」
私の差し出した子供の頃から使っている櫛を神無の手に握らせてあげ、これが最後じゃないと願いながら彼女を優しく抱き締めていたその時、フワリと身体が浮き上がるような感覚に包まれ、気がつけば私達は北海道の借家に戻ってきていた。
いつか、また会いましょうね。