近頃、左之助さんは喧嘩屋の斬馬刀の半壊を聞き付けた東京府中の破落戸や極道者、喧嘩の仲裁の巻き添えを食った人々による襲撃を毎日のように受けている。
流石にごろつき長屋に押し入ったり、私を人質に取ろうとする人は居ないけれど。いきなり街中で喧嘩を売る相手の度胸に驚きつつ、左之助さんに負ける彼らに少しばかり可哀想だと思ってしまう自分もいる。
「おはようございます、姐さん!」
「その姐さん呼びは止めましょう。ね?」
「いや、左之さんの嫁ですし。なあ?」
「嗚呼、姐さんだろです」
そう言って仲間内で「この人は左之助の嫁」と周知の常識と成りつつある事実を話し合い、そう納得し合う彼らの言葉に恥ずかしさと嬉しさを覚える。
まあ、彼らは私が左之助さんと出会う前から仲良くしている人達であり、彼の交友関係に文句を言ったり告げ口を言うつもりはない、言うつもりはないけれど。
その姐さん呼びは止めてほしい。
「それじゃあ、また!」
「はい。喧嘩は程々にですよ」
「うっす!」
私の言葉に渋々と承諾してくれた彼らと別れ、今日の瓦版と左之助さんの錦絵と春画を絵草紙屋のおじさんに渡しに向かっている途中、笠を被った左之助さんより大柄な男の人と擦れ違う。
あの羽織の上に羽を着けた変わった服装、どこかで彼を見た覚えがある。……石動雷十太?そう、彼は次に緋村剣心と戦う事になる日本剣術衰退を憂う
でも、なんでこんなところに?
「我輩に何か用か」
「えっ。あ、すみません!大きくて、つい」
「フン。我輩の強き出で立ちに思わず町娘さえも畏敬してしまうのも仕方無き事である。やはり我輩こそが真に日本剣術を背負うべき男か」
「流石は雷十太先生…!」
私の言葉をすごい好き勝手に拡大解釈した石動雷十太は羨望の眼差しを向けている外套を纏った男の子を引き連れて、神谷道場より少し大きな剣術道場の門を潜っていくのが見えた。
「……あっ、瓦版届けなくちゃ!」
ぼんやりとし二人の事を見つめていたものの、すぐに自分の仕事を思い出して絵草紙屋のおじさんのところに小走りで向かう。こんなに走ったら明日は筋肉痛が確定してしまう。
石動雷十太のポジティブすぎる発言に驚いて、ぼんやりしていた自分のせいだけど。まさか緋村剣心や神谷さんよりも早く次の相手と遭遇するなんて、やっぱり身近な危機に恐怖を感じる。
「おじさん、お待たせしました」
「ん。おお、糸色先生!今日は遅かったから来ねえのかと思ってたよ」
「すみません。少し道草を」
「へぇ、糸色先生が道草を食うなんて今日はまた随分と珍しいこともあるね」
そう言って私の描いた絵を一番見易い真ん中に置いてくれたおじさんの優しさに感謝しつつ、今日も置いてある赤報隊隊長相楽総三の錦絵を見つめてしまう。
まだ、左之助さんは彼と会っていない。教えたいけれど、私は左之助さんに赤報隊の事をまだ聞いていないし、彼が話してくれるまで待つつもりだ。
おじさんにはいつもと同じ値段を言い、愛用の巾着袋にお金を移して、今までの仕返しにやって来ている破落戸と喧嘩しているであろう左之助さんのところへと、今度は歩みを進める。