神谷活心流の名を騙る人斬り抜刀斎の騒動は終わりを迎え始めている。
神谷さんによる神谷活心流の開祖・神谷越路郎の道場を起こした時期の矛盾を伝えたことによって、人斬り抜刀斎の流儀詐称を信じるものは少なくなった。
「(少なくとも神谷さんに関わる人、だけど)」
人の噂に蓋をすることは難しく、無理に押さえつけるのは却って真実味を与えてしまう。その原理を利用して、私は人斬り抜刀斎について夜道の忠告を促す瓦版を神谷さんに頼まれて市街に出している。
人斬り抜刀斎の流儀は神谷活心流に非ず。
私の書き綴る春画や風景画のファンの多さを利用した。ほとんど偽者の人斬り抜刀斎の話題性を使った乗っかり商法だけど。
この行為は、効果覿面と云えるだろう。
現に二ヶ月前に神谷活心流道場近くにわざとらしく倒れていた喜兵衛という偽人斬り抜刀斎の主犯の一人だった初老の男と、その一派は偶然にも居合わせたという謎の流浪人に倒された。
────斯くして剣客浪漫譚は始まる。
そう、心の中で言葉を綴ってみる。
「あっ、すみま…!」
ただ、ほんの少しだけ友人が大怪我を負うこともなく危機の終わりに私は安堵したそんな時だった。
ドンと騒々しくも活気に溢れて人で賑わう町中で、私は人とぶつかり、身体を支えきれずに尻もちを突き、謝罪のために相手を見上げた瞬間、私の身体は驚きと緊張で強張った。
「おろ、大丈夫でござるか」
「え、えぇ、大丈夫です」
赤みがかった茶色の髪を一房に束ね、左腰に刀を佩いた優男風の出で立ちに、左頬の十字傷、少し呆けたような暖かく穏やかな雰囲気を纏う男に手を借り、私は着物の土汚れを払って立ち上がる。
「怪我は無いでござるな」
「はい。ありがとうございます」
「お嬢さんが謝る必要はないでござる。何、この賑わいに見惚れた拙者にも責任はあるでござるよ」
私は彼と話している最中だというのに、どこか取って付けたような『ござる口調』にクスクスと笑ってしまう。本人は真面目なのは分かる。───けれど。その雰囲気とござる口調は反則過ぎる。
「……ご、ごめんなさいね。貴方の事を馬鹿にしている訳じゃないけど、その抜けた顔でござるは無理がある気がして……フフフ…!」
「おろろ」
ポケーッと私を見つめる顔に笑みが溢れる。
今まさに私の目の前で戸惑っている男が人斬り抜刀斎・緋村剣心だと分かっているのに、私の不安は少し安心と共に晴れてくれた。
「なんだか分からないが怪我もなく元気そうで何よりでござる」
「ごめんなさい。でも、こちらも随分と久しぶりに笑えたわ。ありがとう」
「それでは、また縁があれば」
「えぇ、またご縁があれば」
そう言うと緋村剣心は人混みに消えていくけれど。彼の歩みは軽く、目指す先も私には分かっている。彼は神谷活心流の道場へと、これまでの長旅にほんの少しだけ一息の安らぎを求めて帰っていく。
「るろうに剣心、開幕……」
────思わず、ポツリと言葉が溢れた。