「心肺に負荷を掛ける運動は控えること。この馬鹿に何かを頼まれたり懇願されても少なくとも半年は断りなさい。走るのもダメだからね?」
「……あ、私3メートルも走れたんですよ!」
「八尺程も走るなんて馬鹿ね。けど、良かったわね」
「はい!」
私の事を叱りながらも褒めてくれた恵さんに笑顔を向けると一緒に診察室に入っていた左之助さんは不満そうにへの口になり、しとりと一緒に私を見つめている。
「母ちゃんかぁいいね!」
「景は可愛いから心配なんだよ。しとりも景に似て可愛いから剣路や天兵みてえなませたガキが寄ってくるんだ。絶対に嫁にはやらん!」
「?」
「三歳児に何を言っているのやらね。此方は私に見合う男が居なくて苦労しているっていうのに、ドイツもコイツも金目当てのカスばっかり!」
恵さんも大変なんですね。
そう私は戸惑いながらも納得し、恵さんに相応しい人はいるのだろうかと自分の交友関係を思い出す。ドクトル・バタフライは既婚者、ススハムは女の人で既婚者、「彼」は妖怪ですからね。
残る人は不破信二だけですけど。
あの人もあの人で危ないですからね。
「はあ、剣さんみたいに強い人はいないかしら」
「なら、不破はどうだ?」
「ふわ?」
しかし、あっさりと左之助さんは不破信二の名前を提示し、恵さんも初めて聞く名前に首を傾げている。悪い人では無いんですが、不破一族ってお友達にご紹介していい人なのかな?
私の不安を他所に不破信二の事を話す左之助さんに興味を示す恵さんを止めることは出来ず、しとりと一緒に診察室の端に移動して、お話を始める。
こういうときに「物語を繋げる力」は少しだけ危険だと思います。もしも絵本や童話を描いて語り、そのお話が広がるとウソの童話さえも現実に変わる。
もしものときに備えて「月光条例」を描いて対抗する手段を残すべきなのかをドクトル・バタフライに相談しておいたほうが良さそうですね。
「景、不破って何処にいるか分かるか?」
「不破さんですか?それならドクトルと一緒に緋村さん達をお出迎えに行きましたけど」
「なら、そろそろ帰ってくる頃か」
「景さん、その不破って本当に強いの?」
「四百年間不敗の一族ですね」
もっとも平成の始まり頃に、その歴史は途絶えてしまう可能性もありますけど。不破信二の強さと経験、奥義に成り得る技術を増やすことは容易いでしょう。
そもそも魔境のごとき昭和時代を生き抜く訳ですし、そう簡単に陸奥に負けるとは思えないです。それに、この魑魅魍魎の跋扈する明治時代では、陸奥を含めて不破信二は徒手空拳ならば世界最強の一角と言えます。