「離いてくれ!わしゃその眼鏡のお姉さんにヨシヨシと膝枕をしてもらいたいがよ!」
「オレの女房に何言ってんだ?!」
いきなり左之助さんとしとりとのお買い物中に現れた岡田以蔵は迫真の土下座を披露し、なんだかとんでもないことを言っていますね。
しかし、私は私としとりの事を抱き上げる左之助さんに驚きつつ、今まさに懇願する岡田以蔵の言葉を聞いて、ようやく私は死者の黄泉還りと滞在できる理由を確信することが出来ました。
彼の未練は女性関連です。
坂本龍馬ら維新志士は表舞台で活躍していた傍ら、彼はほの暗い闇夜で人斬り役を全うしていた訳ですから、そういう欲求を抱いてしまうのは仕方ないですが、こうも変態さんだと困ります。
「クソ、おんしみたいに顔のえい男は嫌いや!わしがこがにお願いしちゅーのに、逢瀬ばあ許いてくれてもえいろう!ほんまにケチ臭いヤツ」
「だからモテないんだよ、阿呆が」
「な、なんで、ここに新撰組の斎藤がおるがぜよ!?」
「お前を引き取るためだ。全く警察署の寮ではなく独房に押し込んでまた尋問してやる」
「ひいぃ!?やめとーせ、もう暗いとこに一人は嫌ながや!?われに殺されるがは痛いき許いとーせ!」
ズルズルと引きずられていく岡田以蔵を見送り、しとりは「おじちゃん、いたいの?」と彼の事を指さして聞いてきたので「アレは私達には救えぬ者です」と告げると左之助さんに見られた。
何だか嬉しそうです。
「景も人を見る目が養われてきたな。奈落や白面の者みたいな奴らに気に入られる原因が減ってくれて、オレはすげえ嬉しい」
「私は人を見る目はありますよ?」
「いや、景に人を見る目は無い。オレを旦那に選んだ時点で絶対に逃げられねえの分かってる癖に、どんどん抜け出せない泥濘に嵌まっているのが良い証拠だろ?」
「いえ、左之助さんは好きな人です。人となりは知っていますし、どれほど私を大切に想ってくれているのかも分かっているつもりです」
「ん!しとりもすき!」
私達の言葉にまた嬉しそうに笑う左之助さんの背後に人が立っているのが見えた。赤い鉢巻きを巻いた青年が穏やかに笑みを浮かべ、静かに消えてしまった。
思わず、声を出しそうになったけれど。
もう消えてしまった彼を引き留める事も出来ず、左之助さんの首に身体を預けながら消えた人に頭だけを下げ、左之助さんを見守ってくれていた事を静かに心の中で感謝を伝える。
「誰かいたのか?」
「いいえ、なんとなくです」
「そうか?」
彼の未練はこれで断ち切れたんですね。