ドクトル・バタフライの研究所に向かう途中、疲労感と倦怠感と吐き気を催す程にキツく感じる坂道をスイスイと上がっていくしとりに追い付く頃には、もうドクトル・バタフライの研究所の近くに私は立っている。
「んぇっ…けほっ、はあっ…こほっ…」
「ん!母ちゃんはやくなった!」
「そ、そうですか?」
確かにしとりの言うように坂道を歩く速度も少しだけ速くなった気がする。これはもうナメクジより遅いなんていう不名誉な事を言われなくて済むのでは?
少しだけいい気分になっていたその時だった。
私としとりの目の前にメタリックボディーを持つ巨大な犬とその犬の背中に乗った少年が現れ、その後を追うようにドクトル・バタフライの金色の蝶が舞い踊り、付かず離れず追随していた。
「おや?もう診察の時間だったのかね」
「ドクトル、先程の少年は?」
「犬飼老人の少年期だ」
「ああ、なるほど」
「武装錬金」の小説に登場する大戦士長の前任を務めていた方ですね。そうなると北海道に隠れているパワード一家の居場所を嗅ぎ付けてきたということになりますが、今度は何処に移動するつもりなのか。
そう思いながら研究所に入り、モコモコとした毛並みの室内履きを貸して貰い、しとりと一緒に診察室に向かいつつ先程の話題を振り返る。
「まあ、こんなこともあろうかとニュートンアップル女学院を設立しておいた。madamには女学院の初代校長になって貰う予定だ」
「ドクトルは常に先手を用意していますね。感心しますけど、私に話しても良かったんですか?」
「糸色君は通わずとも君の子や孫、その先まで見守り続けることには適しているだろう?それに私はあと千年は生きるつもりだ」
「……フフ、なんですかそれ」
「やはり君は笑っている方が似合う。糸色君、数少なく私の理想を理解し、その理想に近付いていける唯一無二の君を手放してしまうのは本当に惜しいよ」
突如、変な事を言ってきたドクトル・バタフライに驚きながらも着物を脱ぎ、襦袢の上から聴診器を胸に当てて心音を聴く彼の事を見つめる。
冗談や嘘ではそういうことを言わない人なのは知っていますし、おそらく私を手放してしまう事を惜しんでいるのは本心なんでしょうけど。
あくまで、それは「能力」と「転生者」という共通している私達の関係の延長線上に在るものであり、恋愛感情は一切含まれていない。
「不破さん、その顔はやめた方がいいです」
「い、いや、だってよ。オッサンが合法ロリみたいな女に愛を囁いていたらドン引きするのは仕方ないと思うんだよ。いや、冗談なのは分かってるけどよ」
「信二君、私の愛する女性は妻だけだ。変に勘繰って空気を悪くするのはやめたまえ」
そう言って彼は溜め息を吐いた。
大体、貴方のせいですけどね。