「高祖母様、此方の物は使えますか?」
ようやく佳境を迎えた「月光条例」を描き終えたところにやって来た賛さんの右手には携帯電話が握られている。スマートフォンではなくガラケーと呼ばれる開閉式の携帯電話ですね。
使えるか使えないかで言えば使えますね。
しかし、今の私は明治時代に生きるごく普通の物書きを生業とする人妻ですから、いきなり使えるように振る舞いのは得策とは言えませんね。
そう思いながらも二十年振りに触れた携帯電話に懐かしさを覚えつつ、蝶々のキーホルダーを着けている彼女の献身的な愛情にクスリと笑ってしまいます。
それにしても、どうして私に携帯電話を手渡すのだろう。何か賛さんの考えがあるのかな?と思いつつ、携帯電話の表面や裏面を確かめていると、賛さんの右手が携帯電話に伸びてくる。
「お坊っちゃまの考えは間違いでございます。ご覧の通り、高祖母様は明治時代の方です」
「ふむ、態度や立ち振舞いに俺達と似たものを感じていたが勘違いだったわけか。摩訶不思議な出来事の起こる世界だ、糸色景も偶発的にタイムスリップしたのかと思ったんだがな」
「……タイムスリップ……」
成る程、蛮竜に何故か備わっている時代を越える能力を考えればその考えには行き着きますね。でも、私は時間漂流者ではなく転生者なんですよね。
「景は信州の生まれだぞ?」
「あっ、お帰りなさい。左之助さん」
「ああ、ただいま。それと、パピヨンも賛も変に景を勘繰ったところで正体は掴めねえよ。オレにもオッサン達にもまだ隠していることがあるみたいだからな」
いえ、そんなものはありませんが!?と叫びたい気持ちをグッと堪える。ここで反論や訂正をしたら信憑性を高めてしまいますし。
そういうものはないと左之助さんも分かってくれるはずです。……そもそも私に秘密を隠し続けることが出来ると本気で思っているんですか?
「左之助さん、私は隠し事を出来ると思いますか?」
「思ってないから気長に待ってるんだよ。いつかお前が教えてくれるって信じてくれるからな」
「左之助さん…!」
私の近くに移動してきた左之助さんの言葉に嬉しくなり、彼の大きくて優しい手が頭を撫でてくれた。その大きな手が何度も私を助けてくれて、安心させてくれる。
そんなやり取りをしていると賛さんが「高祖母様はチョロいのでしょうか」と呟き、「賛も似たようなものだぞ」とパピヨンが言葉を返していました。
やはり、時代も世代も違って愛する人に甘えたいのは一緒ですね。