京都の料亭「葵屋」での生活は充実しているけれど。やはり左之助さんのいない日々は寂しく、彼の錦絵を眺めることが増えている気がする。
私は、重いのだろうか。
でも、自分の事ながらだけど。やっぱり私は私が思っている以上に左之助さんに依存しているのか、それとも彼にずっと恋しているのかと悩ましく、あの人を想うほどに心が熱を帯び、温かくなる。
「…あの、私に何かご用でしょうか?…」
ずっと襖を少しだけ開けて部屋の中を覗く人物にそう問いかけると「爺や、本当にあの人がそうなの?」や「うむ、あれが東京で有名な絵師だわい」と、ヒソヒソと話す話し声が聴こえてくる。
「失礼するわ!」
「えっ、あ、はい」
「貴女にどうしてもお願いしたいことがあるの!こ、これに蒼紫様の錦絵を書いてくれないかしら!?」
そう言って三つ編みの彼女が差し出してきたのは通常の和紙ではなく、大きな部屋の襖だった。しかも、その襖の素材は私が普段使っている和紙よりもずっと高価な物だと一目で分かる。
「……書くのは良いですけど。あなたは?」
本当は名前を知っているけど。
しっかりと名前を聞いておかないと間違える可能性だって有り得る。
「嗚呼、自己紹介してなかったわね。私は巻町操、此処の看板娘よ!」
「看板娘には、ちと色気が足りんの」
「あるわよ、色気ぐらい!」
巻町操と言い争う。
いや、わざと揶揄っている白髪と髭の似合うダンディズムに溢れた老紳士然とした柏崎念至の仲良しな言葉に思わず、クスクスと笑ってしまう。
「それじゃ、巻町さんのご要望の四乃森さんを書きますね」
「うん!」
仕事用の鞄を開き、筆と絵皿、膠、岩絵具を取り出して、襖の近くに移動する。シャコ、シャコ、と硯で墨を削り溶かして、運筆という絵筆の先を墨に浸け、大きな襖に四乃森蒼紫の全体図を丁寧に書いていく。
その光景を真剣に見つめる巻町さんと柏崎さんの視線を意識から省き、より丁寧に四乃森蒼紫の体つき、外套の靡き、威風堂々とした姿を書き綴り、面相筆に持ち変えて、顔や髪、服の皺に至るまで書き込み。
小太刀を構えた彼の姿が出来上がる。
あとは膠と岩絵具を練って作った染料を使い、色付けを進めていく。イメージとしては志々雄真実と戦う前、緋村剣心と戦っていた時、武人に戻った瞬間の四乃森蒼紫を描いていく。
「……ふう…ん?…」
「あ、終わったの?」
カチコチと揺れる時計の振り子の音が響く室内には巻町さんしか居らず、いつの間にか柏崎さんは居なくなっていた。よく時計の針を見ると描き始めた時間から二時間も進んでおり、全身に疲労感が溜まっている。
また、やってしまった。
「はい。終わりましたよ」
「やった!あっ、これお代ね!」
「ああ、いえ、私は守って貰っている側ですから、これはお礼のつもりで」
「私が渡したいから良いの!」
ルンルンと弾むような足取りで襖を担いだ巻町さんは部屋を出ていく。アレって部屋に自分の推しを飾る感覚に似てるわよね、私も左之助さんの錦絵を貼ろうかな?