「嬢ちゃん、術符は持っているわね」
「ん!」
振り袖に手を差し込んだしとりは素早く三枚の赤いお札を引き抜き、撃盤に術符を読み込ませる。その手際の良さと動きに、まさか練習していたの?と戸惑い、こんなに成長していたのねと嬉しく思う。
「うばりおん!」
しとりの宣言と共に撃盤は煌めき、奈落の身体が廊下の床を砕いて地面に沈んだ。うばりおん。確か夜道を歩いていると背中に乗り、重さを増す妖怪でしたね。
「母ちゃん、だいじょーぶ?」
「え、えぇ、大丈夫ですよぉ…」
「母者、黙ってたのは私の判断だ。あとで説教は受けるし、罰も受ける。だが、妖逆門を勝ち抜くために事前準備は必要な事だろう?」
「……分かりました。あとで話します」
ゆっくりと私の身体を影の中に取り込んだ個魔の方の言葉に頷いて、しとりと個魔の方と一緒にドクトル・バタフライの研究所の外に出る。
私は動かずに守って貰う立場。母親なのに守られてしまう不甲斐なさと不安を募らせ、しとりの事を見つめるものの。彼女は楽しそうに撃盤を構えている。
「おのれ、子供の児戯に付き合うものか」
「しとり、おまえきらい」
「フハッ。クククッ、流石は父者の娘だね。物事をこんなにハッキリと言えるのは本当に凄い才能だと母者も思わない?」
「娘の悪口を肯定するのはちょっと…」
個魔の方の言葉に言い淀みながらもしとりの小さな背中を見る。いつの間にか戦える力を身に付けていた事にも驚きましたけど。
しとり、貴女はもうぷれい屋なのね。
「貴様に構っている暇はない!」
「きて!でいちゃん!」
でい?
「やばい。ちょっと下がるわよ」
「で、でも」
「嬢ちゃんなら心配事要らないよ。多分、今回の妖逆門を優勝するのはあの子だ。何せ、この私がぷれい屋に選んだ女の子だからさ」
私を心配させないように言葉を続ける個魔の方に視線を向けたその時、奈落の触手をしとりの身体を包み込むように現れた泥の塊が防いだ。
でい。泥。
「妖逆門」の漫画版に登場する妖怪。その能力は物理攻撃を無効化する泥の肉体、そして奥の手は触れた相手の身体を石化させるというものです。
「チッ。石像になるつもりはない。それにまだコイツの身体も馴染みきっていないからな。糸色景、いずれお前を貰い受けに来る」
「あ、来ないで下さい」
そう言って奈落の事を拒絶しているのに、くつくつと笑って消える奈落に溜め息をこぼす。私は家族とお友達だけに愛して貰えるだけで十分なんです。
それに人妻に手出しする妖怪は嫌いです。