花は咲き、笑う 序
「おはよう、糸色君」
ぼんやりとベッドに寝転んだまま天井を見上げていると『武装錬金』を読んでいたドクトル・バタフライの声と隣から聴こえる小さな寝息に、ほうっと安堵する。
ああ、良かった。
無事に生まれてくれたんですね。
「全く君には困らされてばかりだね。心肺停止の他にもあるが、まさか二度も心臓を止めるなんて馬鹿なんじゃないのかね」
「……え、二回も心臓が止まっていたんですか?」
「核鉄の治癒効果を使いつつ、電気ショックを加えて何とか呼び戻したが。もしも亡くなっていたら左之助君に私達は殺されていたぞ」
少し眠っているだけだと思っていたのに、まさか死にかけていた事実に私はどう応えれば良いのでしょうか。いえ、そもそも私の身体はどうなっているのかな?
核鉄を埋め込まれた様な違和感は無いですし、変に身体能力を高めるような感覚もありませんし、本当に私のまま生きているのでしょうか。
「鼻を押しても戻らない」
「糸色君、コピーロボットじゃない。正真正銘、本物の糸色景だ。まあ、流石に死んでいたなんて言われても信じられないのも無理はない」
いえ、それは信じています。ドクトル・バタフライは私やススハムにウソは言いませんから、本当に私は糸色景であり相楽景のまま生きている。
「んぷぇ」
「フフ、可愛いですね」
柔らかな頬っぺたを優しく触りながら、無事に生まれてくれた「相楽ひとえ」の事を見詰める。糸色家の仕来たり通りに「絶偏」とも読める名前です。
まあ、普段はしとりと同じように平仮名で問題ありませんけど。間違えて呼ばれたら大変ですからね、そういうものもあります。
「……そういえば、左之助さんは?」
「嗚呼、彼なら悠久山和尚のところでお百度参りをしている最中だよ。母子共に安全に生まれることを願い、悠久山和尚と一緒に願っている。神も仏も嫌う男の意地だ、待って上げなさい」
そう教えて貰った事に嬉しさと心配が同時に押し寄せてくる。私とひとえのために危ないことをしないでほしいけれど。そこまで想われるのは、とても幸せです。
「どくとぅ、はいっていぃー?」
「ムッ。しとり君か、もう大丈夫だよ」
しとりが扉を開けて、恐る恐る部屋の中に入ってくるなり、私の真横で眠っている小さな赤ちゃんに目を輝かせ、トタトタと駆け寄ってくる。
「しとり、おねえちゃん!」
「フフ、えぇ、しとりの妹ですよ」
「いもーと、かわいいねぇ」
ふにふにと頬っぺたを触りながら笑うしとりに「あまりツンツンしたら赤ちゃんも痛いから、そのくらいにね?」と伝える。
左之助さん、早く来てほしいなあ……。