「左之助、頼みがある」
「頼みって、お前がオレにか?」
北海道函館山の麓に居を構える我が家にやって来た不破信二は普段の飄々とした雰囲気は消えて、何処か死闘を繰り広げている時に垣間見える修羅の表情を浮かべ、左之助さんと話し合っている。
いえ、どちらかと言えば早朝に押し掛けてきた不破信二の相手を左之助さんに押し付けている訳ですが、どうにも嫌な予感を感じてしまったのです。
「……実は親父が嫁を取れと」
「良いじゃねえか、夫婦になれよ」
「良いことじゃないんですか?」
「会ったこともねえヤツと結婚したいか?」
そう言われると悩みますね。
糸色家は男児に面倒臭い仕来たりを課していますが、女児は健やかに蝶よ花よのごとく育てているので自由に恋愛できていますけど。
しとりとひとえに何かしらを押し付けようと考えると分家筋の方は居るでしょうが、お父様の影響力で抑え込んで貰えるはずです。
もしものときはしとりとひとえを愛する全勢力を用いて阻止します。あわよくば、ですけど。まあ、そうなることは今後とも無いでしょうね。
「しとり、どうかしたの?」
「えとね、えとね、しんちゃんけっこんするの?」
「どうなんだ?しんちゃん」
「……しとりは俺が結婚したら嬉しいか?」
「ん!」
しとりが不破信二の問いかけに満面の笑みで応えた瞬間、不破信二は心底悩んでいるという表情を浮かべつつ、十分ほど悩んだ末に頷いた。
結局、夫婦になるなら悩まなければいいのにね。
「で、どこの人と?」
「知らねえんだって」
「まさかマジで初対面なのか?」
「そうだよ、だから渋ってたんだよ」
成る程、確かに初対面の人といきなり結婚するように言われるのは戸惑いますね。私もそんなことを言われたらショックで寝込みそう。
「しかし、大変な事になってんな。オッサン達にはもう話してるんだよな?」
「話したら同じ反応だ。俺みたいなのは一回ぐらい結婚するのが良いらしい。だが、俺は自由に日本中を歩き回りたいんだ」
そう言って真剣に私達を見据える不破信二。
それにしても相手の顔も見ずに断るのはダメです。せめて顔写真かなにかを見せて貰ったほうがいいと私は思うんですけど。
「写真は無いんですか?あるなら私と左之助さんも見、ておきたいんです」
「あるにはあるが」
「……犬と、ねこ?」
「和風犬溺泉に落ちたらしいんだ。隣は父親だ」
「えっ」
そんなことがあるんですか?と言いたかったものの、あまり詳しく聞くのはやめておこう。下手に関わったら私は女傑族の秘宝に巻き込まれるかもしれない。