私は志葉誠輔の宿泊する湯の川では一二を争う大型旅館にやって来ている。当然、左之助さん達もいます。池波君は左之助さんに僅かな感情を向けるも直ぐに顔付きを変えて、志葉家の傍に片膝をついて控える。
「糸色殿、答えは出たのだな」
「はい。私の答えは出ました」
「では、聞かせて欲しい」
そう言って真向かいに座する私を見据える志葉誠輔に頭を下げ、私は茶色いショドウフォンを差し出して、ゆっくりと頭を上げる。
「技術面はお応えします。しかし、我が糸色家は四百年続く名家にございます。幾ら志葉家のご要望であろうと頷く事は致しません。何より私はもう永く生きれぬ不治の病を患っております」
今まで隠していた事を告げた瞬間、左之助さんの顔色が変わるのが見えた。私も、ずっと隠していた事の一つをこんな場所で伝えたくはありませんでした。
───けれど。志葉家の殿様に嘘も偽りも伝える事は出来ない。世界を救うため、人々を助けるため、こうして彼は北海道の私のところまでやって来たのです。
その誠意には答えなくてはいけない。
「成る程、不治の病か…相分かった。此度の勧誘は無理を強いていた。すまない、許してくれとは言わぬ。だが、
そう言って彼は私に頭を下げる。
「えぇ、許します。───ですが、ウチの大事な夫と喧嘩するのは控えて下さいね?」
私の言葉にポカンとする志葉誠輔だったが、すぐに「はははははっ!!そうだな、喧嘩は宜しくない。相分かった、それも覚えておこう」と呵々大笑の大笑いを披露しながら立ち上がった。
池波君も困ったように笑い、私を見てきた。
「景は本心から愛しているんだな」
「当然です。そうでなければ私は誰かに関わって、寄り添える様になることも笑顔を取り戻すことも出来ませんでしたからね」
「……私も答えは出た。相楽左之助、私の想いは決して彼女に届くことは無いだろう。だが、もしも彼女を傷付ければ俺は景を奪いに来るぞ」
「上等だ。この野郎、いつでも相手してやるよ」
私は静かに彼らを見送り、ほうっと安堵したその時だった。私は両肩を掴まれ、そのまま左之助さんに地面に押し倒されている。
「さっきの話は本当なのか?」
「嘘は下手だって知っているでしょう?」
「ばかやろぉ…!」
「ごめんなさい。ずっと隠しておきたかったんですが、私の秘密を打ち明ける以外に諦めて貰える方法は思い付かなかったんです。だから泣かないで?」
ぎゅうっと左之助さんの頭を抱き締める。私に出来ることはもう『エンバーミング』と『黒博物館』の二つの『物語』の終わりを見ることだけ────。
もしかしたら、それも叶わないかも知れないけれど。