某剣客浪漫世界で私は物書きをする。   作:SUN'S

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天の名を冠する 序

鶏卵や貝殻を粉々に砕き、擂り潰した物と砂を混ぜ合わせて耐火性の強いモルタルを作って「葵屋」の火事対策を行いつつ、私は比古清十郎の錦絵を描いている。

 

やはり美形の人ほど筆の進み具合に力が入り、いつもより少しだけ早く描き終える。───けれど。折角の機会を無駄にするなんて私には出来ず、お摘まみを対価に比古清十郎にポーズを取ってもらっている。

 

私の一番好きな人は左之助さんだけど。

 

世の奥様方や女学生、他の少女達は謎の美形に弱く、比古清十郎のように最高の被写体となれば一杯稼げて、左之助さんに一杯美味しいものを作ってあげられる。

 

「……糸色さん、燃えてるわね」

 

「あんなのより蒼紫様を描いて欲しいわ!」

 

「オッサンに聞こえるぞ」

 

「誰がオッサンだ、坊主」

 

私の目の前にいた筈の比古清十郎は明神君にオッサンと呼ばれた瞬間、飛天御剣流の神速で移動し、彼の頭を軽く叩いた。そんなことに使っていいのかと思いつつ、私の筆は刀を引き抜き、駆ける比古清十郎を描く。

 

「次は蒼紫様よ!」

 

「ひゃあっ!?」

 

比古清十郎の錦絵を描き終えた次の瞬間、いきなり肩を掴まれたことに驚き、またしても情けない悲鳴を上げてしまい、口許を両手で隠しながら巻町さんを出来る限り怖い顔のつもりで怒る。

 

「糸色さん、なんでタコの真似してるの?」

 

「…た、タコ?…」

 

「み、操ちゃん、それ怖い顔のつもりなんじゃ」

 

「えっ、そうだったの!?」

 

「やめてぇ、解説しないでぇ……!」

 

私は自分の顔を覆い隠して踞る。

 

こ、こんな恥ずかしくなるなら、無理して怒った顔なんて止めておけば良かった。そう後悔しながらも渋々と巻町さんに頼まれた絵襖を描くために顔を上げる。

 

きっと私の顔は本当にタコのように羞恥心で真っ赤に染まっていることだろう。

 

「糸色殿、私は御頭の隣に」

 

「般若、オレが御頭の隣だぜ?」

 

「なら、オレは御頭の後ろに」

 

「足元に跪く感じで頼む」

 

「えっ、あっ、ええ?」

 

四乃森蒼紫に付き従っていた御庭番衆の矢継ぎ早な言葉に頭の中が混乱し始める。巻町さんも般若も式尉も四乃森蒼紫の隣を要求し、ひょっとこは四乃森蒼紫の背後に立ち、癋見は四乃森蒼紫の足元に傅く感じで?

 

「い、意見は纏めて貰えますか?」

 

その言葉に巻町さんと御庭番衆の苛烈な会議が始まり、誰が一番四乃森蒼紫の隣に相応しいのかを話し合い始める。……なんだか前世の世界でも見たことのある、誰が推しを最前列で応援するのかを競う光景に似ている。

 

「糸色も大変だな」

 

「…あはは、ありがとうございます。明神君」

 

ポンと私の背中を押して励ましてくれた明神君の優しさに心を救われ、ちょっとだけ疲れた身体に活力が戻るけど。全身の疲労感はそのままで、御庭番衆の方々の絵襖を描いたら私は倒れると思う。

 

 

 

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