「景さん、しとりちゃんてウチの道場の他にも別の剣道道場に通っているの?」
「いえ、通っているのは神谷道場だけですよ?」
「そう?それならアレは……」
静かに考え込む薫さん。きっと彼女の頭の中には飛天御剣流みたいな摩訶不思議な剣術が過っているのでしょうが、基本的に「月華の剣士」は、まともな部類の剣士ばかりですからね。
しっかりと『技絵百般』にも伝位は設けています。しとりは初伝の技を練習して、剣路君を実験台にしている可能性も否めませんけど。
おそらく大丈夫な筈です。
あの子はお母さんの言いつけを破って、中伝や奥伝の本を勝手に読んだりすることはありません。ひとえはまだ竹刀を振れないから読んでも分からない。
「左之助は知ってるの?」
「娘の成長ですので知っていますよ。それに、しとりは左之助さんに勝つのが目標なんです。父親に似て本当に戦うことが大好きで……」
普段は淑やかに過ごせるのに胴着に着替えると汚れても暴れても問題ないという事を理解しているらしく、あんなに暴れているんでしょうね。
「母ちゃん、またしとりに負けた…!」
「母様、けんちゃんにまた勝った…!」
フンスと胸を張るしとり、ズーンと落ち込む剣路君。ふたりはお互いを嫌い合っている訳では無いのですが、男の子としては好きな女の子に良いところを見せたいのかも知れない。
私には男の子の気持ちは分かりませんから、もっと純粋な感情なら分かるんですけど。
「しとりちゃんと強さは変わらない筈なんだけだ。どうしてかしらねえ?」
「ん!けんちゃん、当てないようにしてる!」
ペシペシと竹刀を動かしながら、しとりはゆっくりと剣路君の脱いだ防具面に当たるギリギリの間合いで竹刀を動かし、そう言って不服そうに頬っぺたを膨らませる。
彼女からすれば真剣に戦っているのに手加減を受けているということになりますからね。しとりからすると、とても悲しく思えていることでしょう。
しかし、私個人として女の子に優しく出来ない男の子はガキ大将気質なのかも?なんて考えながら、二人の事を見つめる。
「しとり、勝ったらやくそく!」
「ん、いいよぉ」
「「約束?」」
私と薫さんの二人は自分達の知らないところで交わされていた約束にビックリして、一体何を約束したのかを私はしとりに訊ねる。
「えとね、けんちゃんが勝ったら『しとりをおよめさんにしたい』んだって」
「おれが勝ったら、しとりとめおとになる!」
そう言って二人は私達を見上げる。
「あらあら、どうしましょうか」
「許嫁かしら、ここは」
意外と子供は親の予想を軽く飛び越えますね。