まだ半日も経っていないのに「葵屋」の骨組みを作り終え、モルタルを塗り込んだ壁も少しずつであるけれど。綺麗な鉄鼠色に乾き始め、畳家さんから購入してきた大量の畳を運び込む御庭番衆の方々。
そして、大広間になる部屋の上座の壁に大きく描いた四乃森蒼紫の左右には般若と式尉、四乃森蒼紫の背後を守るように立つひょっとこ、私より少し小柄な巻町さんと癋見は彼の目の前に立つように描き、そこから柏崎さん、お増さん、お近さん、白さん、黒さん、と左右に描き足していく。
「…御頭の凛々しく気高き御姿!…」
「……良い…凄く良い…」
「…嗚呼、完璧だぜ…」
「ヘヘッ。こんなに格好良く描いて貰えるなんてな」
「オレもイカした姿だぜ」
みんなが四乃森蒼紫の姿に感涙する姿にちょっとだけ苦笑いを浮かべつつ、般若は個人的に頼まれていた絵襖を受け取って更に歓喜の雄叫びを上げる。
当然、巻町さんはその雄叫びに気付き、般若に譲って欲しいとお願いを始めるけど。巻町さんは「葵屋」崩壊前に彼に絵襖を自慢していたため、断固として拒否されて駄々を捏ね始めている。
「私も剣心の絵襖描いて貰おうかな」
「止めとけよ、毎日本人に見られるんだぞ」
「弥彦は剣心の技絵を貰ってるじゃない!」
「薫だって剣心の錦絵持ってるじゃねえか!」
御庭番衆とは違ったベクトルで言い争う神谷さんと明神君の二人を眺めつつ、私は全員に与えられるプレッシャーで肩や腕、腰に余計な負担を掛けてしまい、お増さんに指圧を受けている。
「糸色さん、比古清十郎の絵襖を…」
「さっき描いたものならありますけど」
「ステキ…!」
此方も此方で趣味に生きている。
尤も私も物書きとして趣味に生きているのは同じ……あっ、そういえば私の荷物も「葵屋」の中にあったはずで『うしおととら』の他にも密かに描いていた『からくりサーカス』と『からくりの君』は大丈夫だろうか。
「あの、私の荷物って無事ですか?」
「風呂敷と鞄なら無事でしたよ」
「……んしょっ、くひぁっ!?」
ピキーン!と腰に鋭い痛みを感じて中腰になりながらも私は鞄を開き、風呂敷に包んでいた和紙を取り出す。良かった、ちゃんと全部あるわ。
これを無くしてたら大変な事になっていた。
「こ、これは!?」
「え?あっ、見ちゃダメです!」
「うしおととらの原稿…!」
いつの間にか私の後ろに近付いてきていた般若の興奮気味な声色にざわめきが広がり、みんなの『読みたい』という視線が私の手の中に集中する。
ヨタヨタと激痛を伴う腰を擦りながら逃げるものの、あっさりと捕まってしまった。───けれど。みんなは良識ある読者だったおかげで、原稿を見るために奪われることはなかった。
良かった、見られてたらサトリの話を飛ばさなくちゃいけなくなるところだった。そうなったらきっと、みんなは感動も切なさも感じられなくなる。