糸色家の庭師の生活を始めた門矢士と、私の『黒歴史ノート』を狙っている可能性のある海東大樹の二人の他にもいる筈なんですが、何処にいるのでしょうか?
「士、其処を退きたまえ」
「退くわけ無いだろう」
私の自室の襖を前に口論する二人を残して、お庭の先で能や歌舞伎の演技指導を受けるしとりとひとえの可愛らしい姿を描く。
左之助さんは少しだけ不満そうに二人が怪我しないように見守っているけれど。蛮竜は東京の家に残しているし、折神達のお世話は薫さんに頼んでいます。
ドンと親分、ボスはドクトル・バタフライの作ってくれたひみつ道具『壁掛け犬小屋』に入り、個魔の方と一緒にしとりの影の中に潜んでいる。
「ん!じいじ、できた!」
「ひーも、できた!」
「ハッハッハッ。流石は僕の孫娘達だ、このまま芸の道に進んでみるのも良いんじゃないかい?勿論、僕が師匠として教えてあげるよ」
「まだ十にもなってねえんだ。ゆっくり考えさせてやってくれねえか」
「左之助君、良いことを言うね。確かに早急すぎる提案だったかも知れないし、二人が幾ら可愛くても凛々しくてカッコいい僕にはまだまだ及ばないからね、大人になったらまた誘うとしよう!!」
相変わらずの自画自賛と絶対的な自己愛の強さに私は懐かしさを覚えつつ、いつの間にか隣に腰掛けていたお母様に視線を移す。
「景、ドクトルさんに聞いています。あと二年か三年後にまた外国に旅立つ必要があるそうですね。……その旅に貴女は本当に必要なのですか?」
「……フフ、心配しなくても大丈夫ですよ。今は信州の穏やかな気候のおかげで身体は安定していますから、少し長くなるかも知れないけど」
次に帰ってくるときは本当に会えないかもしれない。そう言いかけたところで口許を軽く押さえて、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。
まだまだ、お話しする時間はあります。
「いつも怯えて泣いていたのに強くなりましたね」
「少しだけ、です。今はもう怖くて涙を流すよりも大切な人達に出会えて、大切な大事な娘が二人も生まれましたから甲乙付けずに幸せです♪︎」
「フフフ、姿がどうして左之助さんの事を認めた理由が分かりました。景、貴女は良い笑顔をするようになったんですね」
そう言われて、キョトンとしてしまった。
笑顔。
……えぇ、そうですね。
誰かと笑い合える日なんて、いえ、誰かと安心して生きることが出来るなんて昔は想像もしていませんでしたから、こうしてお母様と語らえるのも、みんなと、左之助さんと出会えたおかげです。
「あの日、私の家出を後押ししてくれて、ありがとうございます。お母様のおかげで私は、私だけの代えがたい素敵な幸せを得ることが出来ました」
ありがとうございます、お母様。