三味線の音が聴こえた。
ベンと弦を鳴らす音。その音の出所はお母様に譲って頂いた鏡台の中、鏡面世界に入り込んだ妖怪の鳴らす三味線の音が聴こえている。
おそらく、三味線の主は薄皮太夫でしょうね。
外道衆の首領「血祭ドウコク」のお側着き。彼を音楽だけで鎮める事の出来る唯一無二とも言える三味線の腕前を持つはぐれ外道。
「わちきの音を聴いて何故涙を流す」
ピタリと音が止まったかと鏡面に浮かぶ女性の人影に身体を強張らせ、こちらに入ることが出来ない事を確認して、ほうっと安堵の吐息を吐く。
いえ、それよりも何故私のところに?
「質問に答えんし。何故、泣く?」
「……哀しいから、でしょうか?」
そう私は思った事を素直に伝えると三味線をまた弾き始める薄皮太夫の近くに座り、よくお父様の稽古で使っていた横笛を取り出して奏でる。
三味線の奏でる哀絶の音響、横笛の鳴らす唱和の残響。二つの異なる音色が商家の中を出て、外に届いていく。人混みの声がハッキリと聴こえる。
哀しみと嘆き、怨嗟の声が混ざる。
着物の中に仕舞った地獄の鍵が熱を帯びたように熱くなる。それでも奏でることを止めることは出来ず、静かに重く芯に響き渡る音は続く。
しかし、その音色は途切れた。
「善き音色だった。感謝する」
「え、あ、ありがとうございます?」
「また、来るでありんす」
静かに言い残して彼女は鏡面世界の奥に消えていき、まるで最初から居なかったように鏡には私だけが映っています。他には誰も映っていない。
「……何だったんでしょうか?」
そう不思議に思いながらも部屋の戸を少しだけ開けて此方を覗く無数の目にビクリと身体を震わせ、誰が居るのかと怯えてしまう。
まさか、妖怪?と不安になる私の後ろに人影が出来て、恐る恐る後ろに振り返ると窓枠越しに左之助さんが佇んでいるのが見え、冷たくて乾いた息を吸ってしまう。
お、怒ってます。
あの笑顔はものすごく怒ってます…!
「(じゃ、じゃあ、こっちは?)」
「景さん、笛も出来たのね」
「か、薫さん?」
「いやあ、止めたのでござるが」
ぞろぞろと集まってきた人達の事を見上げ、私は困惑してしまう。だって、集まるようなお誘いを受けていないのに、我が家に居ることが不思議です。
「景、誰と演奏してた?」
「な、名前は聴いてません」
「しかし、あれだけ大きな三味線の音を奏でていたのに一人だったというのは些か無理があるでござるよ。素直に話したほうが助かる見込みもあるでござる」
わたし、しぬの?