田母野鋭敏の帰りを待つため、鹿鳴館の応接室に案内された私と雅桐輪具の二人は並ぶように座る。ただ、やっぱり葉巻の臭さは消えず、直ぐに窓際に寄る。
「失礼ですね、全く」
「……心肺を患っているので過敏に反応してしまうんです。すみません」
「そういうことは早く言いなさい!」
葉巻を灰皿に押し付けて、揉み消す雅桐輪具に目を見開いて驚く。だって、そういうことをする人じゃないことを私は知っている側です。
合法化を進めすぎて善人に?と困惑する私に「貴女を傷付けたと知ったらアイツらが来るでしょう!」と言われると納得できました。
変わっていないようで、安心?しました。
「しかし、キナ臭い商談ですよ。私の立ち上げた銀行に融資を募るなど真っ当な事ではあるが、再建用の額が有り得ない」
「いくらですか?」
「ざっと、これですね」
右手の指を五本、左手の指は三本、八百円の金額を要請している事を示す雅桐輪具は手を解いて眼鏡のブリッジを押し上げ、私の事を見下ろす。
「糸色さんなら分かると思いますが、今時建築費は百円前後が主流。如何に鹿鳴館と言えども八百円の大金を費やす意味はないんです」
「(ここ数年ほど華やかさを売りにしていた鹿鳴館も霞が関に西洋建築をすると聞き、不満に思っているのも事実ですね)」
いえ、だからこそ八百円という大金を必要とするわけですね。田母野鋭敏は男爵の位を持っている分、社交界に居ることも多い。
鹿鳴館の維持と修繕を行った事を公言するように行動し、華族間の地位を上げ、爵位を高めるために他の事もあの手この手と繰り広げている。
しかし、逆に危険性もある。
男爵の位を上げる事は、他の華族に迫るということ。自分より地位の低かった相手が上に立つという現実は耐え難く屈辱と感じるはず────。
「何か気付いたようですね」
「…経路等は分かりませんが、一部は武田観柳の使用していた伝を彼は利用しています。おそらく八年前の大事件の際、設計図を横流ししたのは彼ですね」
「成る程、私の二番煎じというわけですか」
その言い方だと貴方が怪しまれると思うのですが、雅桐輪具は「フン。大丈夫ですよ、河太郎が警護してくれていますがあの男は帰ってきていません」
……あの河太郎とまだ交流していたんですね。
そこは安心できますし、良かったです。もしも逃げていたら尻子玉を抜かれていたかも知れませんし、河童は人を食べる伝承もありますから。
そうならずに済んで本当に良かったです。