田母野鋭敏の依頼は丁重にお断りしたというのに我が家の周囲には頻繁に陸軍の兵隊さんが現れ、しとりとひとえも凄く嫌がっている。
「しとり!」
「けんちゃん、どーしたの?」
竹刀を持って走る剣路君にビックリするしとりは竹刀を縁側に置き、いつも自分の使っているタオルで彼の顔を拭いてあげると、ゆっくりと剣路君は深呼吸した。
「弥彦にーちゃんがあぶない!」
「明神君が?」
「弥彦が危ねえってどういうことだ」
お茶を飲んでいた左之助さんも剣路君の尋常ならざる言葉に素足で庭に飛び出し、剣路君に目線を合わせて問いかけると「さいきが攻めてきた!」と叫ぶ。
「さいき?」
「斎鬼鹿沼流。瑪瑙幸隆と時雨滝魅の使う流派の名前ですけど、明神君を狙う理由は……」
まさか、あのとき走っていたのは時雨滝魅のところに居武蔵野泰春を止めるために?とグルグルと思考が絡まる私の事を背負い、左之助さんはしとりとひとえと剣路君を抱き上げる。
「お前が頼りだぞ、剣路!弥彦のヤツが何処に行ったのか教えろよ!!」
そう言うと走り出した左之助さんの両肩を掴む手の力が抜け、素早く家屋の屋根に飛び移る彼は剣路君の言葉を聴きながら走っていく先は、あの河原です。
「人集りが出来てやがる!」
「ん!父様、橋!」
「飛べってか!?」
「みうの」
ひとえの指差す場所、しとりの言った橋の上の人集りに混ざって瑪瑙幸隆と時雨滝魅の二人に加えて、加治木貞史郎までもが河原を見下ろしている。
────やはり、あの人集りの中にはいない。
武蔵野泰春がいるのは河原、明神君の前です。
明神君は木刀を抜いて、左腰に佩いた逆刃刀は抜かずに抜き身の打刀を振るう武蔵野泰春と鍔迫り合いを繰り広げ、お腹を蹴って間合いを無理やり作る。
「弥彦…!」
「弥彦にーちゃん!」
二人の声が聴こえたのか。
明神君は目の前に居る武蔵野泰春を見据えたまま軽く左手を振り上げ、親指を突き立てた。……フフ、大丈夫だって伝えていますね。
「左之助さん、右側にいるのが瑪瑙幸隆です」
「…………アイツか、死人みてえに白いな」
「(実際に死んでいる人ですよ)」
……そう考えると、とても怖いですね。
「幸隆、お前を見ているぞ」
「そうか。ありゃあ糸色景の旦那だ。無理やり押し入った事を聞いて怒ってんじゃねえか?」
「聞いていないぞッ」
瑪瑙幸隆は情報共有をしていないの?と思いながらも彼らの視線を避けるように左之助さんの影に隠れ、明神君と武蔵野泰春の戦いを私達は見つめる。