蛮竜を手放した左之助さんは左手を握り締め、格闘技でも何でもない腕力に任せた殴打を繰り出し、不破信二の頬を殴り潰し、ガクンと身体の沈んだ不破信二は負けじと右拳を振るい、左之助さんの顔を真っ直ぐ打つ。
境内の石畳に飛び散る鮮血を踏み、たたらを踏む二人の目は妖しく光り、二人の周りが〝揺らぎ〟を起こす。二人の熱気で空間が乱れて見えているんです。
「ずあっ!」
「ぐがっ、づぇっ!」
不破信二の振り抜く上段蹴りが左之助さんの身体を地面に叩き落とすも左之助さんは倒れながら彼の身体を蹴り飛ばし、血を吐き、ボタボタと血が零れる。
「クッ、カカカッ…!」
「あぁ゛ァ……
獰猛で兇気に呑まれた笑みが二人の顔に、私は血の気が引いてしまう。何度も左之助さんが戦っている姿は見ています。でも、あれほど恐ろしい顔を、私は一度だって見たことはない。
修羅と羅刹。
『悪一文字』の法被は血染めの斑模様に変化し、右拳は歪にひしゃげ、五指は砕けている。蛮竜を握る力も気力だって残っていない筈なのに、どうして?
「なんで、そこまで…」
「あんなものは、ただの意地だ」
「意地って、そんなもののために?」
「糸色、お前は多少男の浪漫や美学に理解はあるようだが。女のお前には理解出来ん。男の意地とは、そう簡単に割り切ることは出来ん。負けたくないから、倒したいから、それだけだ」
そう言って徳利を煽る比古清十郎を見上げ、ゆっくりと怖くても見届けるために前を向く。
────零勝二敗。
左之助さんの意地も矜持も戦う意思も強さもない私には理解することは出来ないモノですけど。不破信二に勝つために努力している事は知っています。
「お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛っ!!!」
「が゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!」
もはや言葉すら失った闘争本能を剥き出しにした化生が拳を振り抜き、肘を落とし、額をぶつけ合い、乱雑に振り上げた蹴りが脇腹を貫き、揉み合い、地面を転がりながら血を振り撒いて立ち上がる。
「
「
鼻が折れ、血の滲んだ声が響く。
左之助さんは地面に転がっていた蛮竜を掴み、がむしゃらに一度っきりの横薙ぎな振るう。ダメージを受けすぎた不破信二では避けることは不可能────
ついに、左之助さんが勝った…!
ギイィンッ……!
と、金属音が反響する。
───
左之助さんが蛮竜を捨て、一歩前に歩む。
不破信二が小太刀を落とし、前に歩む。
羅刹の左拳が振り抜かれ、修羅の右拳が迎え撃つ。
鈍い音が響き渡り、倒れたのは二人だった。
「……終わり?」
「───否、まだだ」
比古清十郎の言葉に呼応するようにうつ伏せに倒れていた二人は身体を引きずり、お互いの頭を掴み、ズルズルと抱き合うように、お互いの身体を支えに立ち上がり、今度は仰向けに倒れた。
「引き分け…?」
恐る恐る、私は二人に核鉄を差し出す。
「喜べ、俺に太刀を抜かせたぜ」
「……ハッ。嬉しかねえぜ」
その言葉に私も思い出す。陸奥の九百年の歴史で、唯一引き分けたのは宮本武蔵、ただひとりだけ。なら、不破の四百年の歴史に於いて唯一引き分けたのは、左之助さんということになる。
すごい、ことです。