就職のために兵庫県の高砂市への引っ越しが決まりまして、荷物の整理や、新居用の買い物、その他やるべきことを色々としていました。
オリカとか外伝書いたりしたのもあるんですけどね。
朝から工廠からの心地の良い作業音が響く。
その音を聞きながら、のんびりと紅茶を飲む4人の影。
咲と五月雨がそれぞれ椅子に座り、反対の2人掛けのソファにはT字の被り物をした男性と艦娘『漣』が座っていた。
五月雨の膝の上には角の生えた兎が丸まっており、撫でられる度に気持ちよさそうな声で鳴く。
彼女たちはのんびりと紅茶を飲みながら、工廠からの金属音をBGMに話を始めた。
「なるほど。昨日のえげつない殺気は、ユキちゃんのものだったのか。」
「あれ喰らうと困るんですよねー。うちで戦い慣れてる長門さんが、縮こまるぐらいですから。
ご主人様は、机の下に隠れてましたけど。」
「あんなの喰らったら誰でもそうなるわ!
平気なのは君たちぐらいだよ、まったく。」
「横須賀が一番近いから仕方ないわよね。
周りの住民にも恐怖を感じる人がいたから、説明するのが大変だったわ。」
話の内容はユキから放たれた殺気。
ユキの殺気は、鳳翔の殺気よりも容赦がない。
周囲に殺気をばら撒いたせいでもあるが、ユキの見た方向に横須賀鎮守府があり、影響を受けたという事で、詳細を聞くために提督がやってきたのである。
横須賀鎮守府の提督はT字の被り物をしている180㎝の大男で、名前で呼ばれるのが嫌だと言うことで『T督』と言われている。
ちなみに名付けたのは漣。正式な場で呼ぶときに不便だからと、あだ名をつけたそうだ。
「ユキさんの殺気は、私達ぐらい慣れてないと大変ですよね。」
「いやいや、漣たちでも少しビビりますわ~。
あれを受けて平然と立てるのは、いなっちと神通さんくらいでしょうよ。」
「『呉』の電と神通か。いつか演習をしてほしいものだが。」
「NOッ!絶対に呼んだら駄目ですからね!漣の命がいくつあっても持ちません!」
あだ名で呼ぶぐらいの仲でも、全力で嫌がる漣。
五月雨も、戦うのはあまり良くないと言う。
「電ちゃんは強いですよ。ただ、手加減をしないので、皆さんがトラウマを抱えちゃう可能性が…。
神通さんも容赦ないですし…。」
「そんなに強いのか?『救世主』とは言え、電だろう?神通も目が見えないと聞いているが。」
「鎮守府を代表する戦艦や空母、姫とやり合って戦果を挙げてきた巡洋艦、そのメンバーを守るために鍛え上げられた駆逐達で組まれた
神通さんにおいては、オーバースペックを使用してましたけど、姫級を複数同時相手で抑えるレベルですよ。通常でも姫級にタイマンで勝つのに。」
「……マジで?」
「マジマジ、大マジです。あの人たち1人で国が滅びますから。」
「やるなら覚悟がいるわよ。大本営の艦娘にトラウマを植え付ける位には容赦ないから。」
『救世主』
現在の初期艦に選ばれている「吹雪」、「叢雲」「漣」「電」「五月雨」の5人であり、この世界に最初に現れた艦娘でもある。
この5人は他の艦娘には無い特殊な力を有している。*1
そのため、今は舞鶴、佐世保、横須賀、呉、中央の5か所に分かれて着任している。
しかし、各艦娘たちのスタイルがあり、能力を極力使わないことや前線に出ないことがあるため、その力があまり公に知られていないこともある。
そのため、T督が電の強さを知らないのだが、咲の言葉を聞いてT督の顔は青ざめた(ように見える)。
落ち着こうと紅茶を飲もうとするが、その手はカタカタと震えており、食器の接触する音が響く。
五月雨の膝の上で「くしくし」していた兎は、その音を嫌がったのかは分からないが、飛び跳ねると扉の方へと向かった。
耳を立てながら扉を猫の様に擦り始めたため、五月雨は気になって扉を開ける。
扉の前には、目の前に見慣れない人が立っていた。
チェックがらのスカートとベストを羽織り、ピンク色の傘を腕にかけ、手に花を抱えた緑色の髪の女性。
見覚えのない五月雨は、女性を警戒する。
「どちら様ですか?」
「お花屋さんよ、お嬢さん。元帥さんにいつもの花を届けに来たの。
この花に見覚えは無いかしら?」
「お花?あ、このお花ッ!」
「元帥さんが毎年頼んでくれる花よ。渡してもらえるかしら?」
「はい!…提督ッ!お花屋さんが届けてくれましたよ。」
既に警戒を解き、笑顔で咲の元まで花を持ってくる五月雨。
咲はその報告を聞いて驚いた。
「あら、もうそんな時期なのね。あの人、わざわざ来てくれるなんて。
いつかお礼をしに行かないとね。」
「あ、今そこにいらっしゃいますから、すぐにお礼を…。」
「もう帰ってるわよ。
あの人、すぐにいなくなっちゃうから。」
「そう、ですか?」
さっきまでそこにいた人が、「もう帰った」という咲の言葉を不思議に思う五月雨。
実際に扉を開けて確認すると、その姿はどこにもなかった。
咲は貰った花を窓際に置いてある黄色の花の入った花瓶、その隣に置かれている年季の入った花瓶の中へ入れた。
「ん?咲さん、その花は?」
「カーネーションよ。ある人への贈り物にね。」
「いえ。その花ではなくて、隣にある…」
T督が反応したのは先ほどの花ではなく、既に置かれている黄色の花だった。
その花を見た漣は驚いていた。
「おお、珍しいですな。ラッパスイセンとは。」
「漣ちゃんは知ってるんですか?」
「まあ、これでも乙女ですから。気になって調べたこともあったし。
でも、この時期に珍しいですね。普通は2月~3月あたりに咲く花なのに。」
見た目がラッパのようであることからその名がついたラッパスイセン。
水仙の中では早く咲くこの花は漣が言うように花期は2~3月あたりだ。
しかし、今はまだ10月で咲くことはありえないのである。
「さっきの花屋さんは、どの時期でも四季の花を咲かすことができる人で、『フラワーマスター』と呼ばれている人なの。」
「フラワーマスター…。初めて聞きましたね。」
「私も知らなかったわ。夕張と明石が教えてくれるまで名前すら知らなかったの。
初めて出会ってから数十年、とても良くしてもらっているわ。」
「そう言えば、前に青葉さんが来た日に、その方の名刺とそのお花がありましたね。」
「青葉の…。ああ、あの日か。」
T督はちょっと嫌そうにつぶやく。
それはこの日から何年も前、自分の艦娘の起こした出来事だったからだ。
~数十年前・中央鎮守府~
金属音が鳴り響くいつも通りの中央鎮守府。
その門前では夕張と明石が車に乗っていた。
「それじゃあ、行ってきますね。」
「ええ。大丈夫だと思うけど、気を付けて帰ってくるのよ。」
「もちろんです。夕張、車出して。」
「了解。」
咲に見送られて明石たちは鎮守府の外へと向かった。
ユキが仕事をしていると自分たちの仕事があまりないため、咲の提案で近くの廃品回収や機械の修理などを行っているからだ。*2
そんな明石たちの様子を、こっそりと見ている人物がいた。
「ふむ、お二人は恐らくお仕事に向かいましたね。タイミングが良かったです。
今なら工廠長の正体を掴むチャンス!T督も此処の私も隠すほどの特ダネ。必ず見つけて見せる。」
様子を見ていたのは『青葉』。
中央鎮守府ではなく、横須賀に所属している青葉だ。
彼女は青葉の中でも、特にスクープになることには首を突っ込むタイプであり、ある意味危険人物である。
何度も危険な目に遭ってはいるが、その危険以上の貢献をしているため、T督も怒るに怒れない。
そんな青葉が目を付けたのは、中央鎮守府の工廠長であるユキの正体を探ることだった。
ユキは天龍の様に依頼をした艦娘や全鎮守府の明石、特定の人物以外に自分の姿を見せていない。
存在をなるべく秘匿していたため、T督も横須賀の明石も青葉には伝えていなかった。
だが、この青葉がそれで満足するはずがない。
意地でもその正体を探ろうと考えた結果、中央鎮守府への潜入作戦を思いついたのだ。
もちろん、この行動がバレようものなら軍法会議ものだが。
「ふむ。この鎮守府は工廠が広いですね~。
私ですら迷子になってしまいそうです。」
作戦を決行した彼女を止める術は無い。
目的を達成するまで彼女が諦めることは無い。
今もこの鎮守府を駆け抜けている。
他の鎮守府よりも工廠のスペースが広いため、この一帯は地図が無いと迷子になる。*3
この鎮守府を、誰にもバレないようにひっそりと。
「しかし、妙ですね。さっきから人の気配が1つも感じません。
妖精さんすら見当たらないとは。」
潜入して青葉が気になったのは、工廠に人がいない事。
横須賀の鎮守府には明石がトップにおり、夕張が補助に入ってその下に技術班として妖精さんと人がいる。
他所の鎮守府には、艦娘のために提督以外の人を配置しない場所もあると言うが、この鎮守府には妖精さんの1人も見当たらない。
施設内で作業をしていると言うならまだ納得できる話ではあるが、それもあり得ないと青葉は考えていた。何故なら…
「金属の音は聞こえますが、1人分の音しか聞こえませんね。
私としては目標が定まるのでありがたいですけど。」
中央鎮守府から聞こえる金属音は響いて反射して聞こえるが、青葉は色々な場所に潜入したことがあるため、音が1人分であると感覚で分かった。
だが、青葉の目的は『工廠長の正体を探る』こと。
人がほとんど居ないというこの状況は、正直に言うと青葉には関係がない。
むしろ、誰にもバレず目標の位置が分かるという、正体を探るのに理想的な状況なのである。
それでも警戒は怠らず、「セキュリティがあるのは間違いない」と考えながら、ちゃんと隠れながら音のする方へと進んでいく。
『関係者以外立ち入り禁止』の看板も無視して進んでいき、音が聞こえる建物の中へこっそりと入っていく。
足元には電源コードのような物が散乱していたり、いくつもの機械が置かれていたりしている空間を、足音を立てずに奥へ奥へと進んでいく。
すると、明かりがついている場所を見つけた。
(あそこだけ明るい。あれは…、人影が壁に写っている?この位置なら何とか撮影できそうですね。)
声には出さず、物陰から灯りの方へカメラを向ける。壁に写った影を頼りに、目標がいると思われる方向へカメラを向ける。
横須賀の明石と夕張に頼んで作ってもらった『フラッシュ無しで暗いところでもはっきり撮影できる』カメラで写真を撮った。
作業の音は続いているため、バレていない。
すぐに物陰に隠れて、取れているであろう写真を確認する。
「…え?なん…」
青葉は言葉を失った。
未だに耳に作業音が響いている。
これは幻聴ではない。
しかし、カメラに映るのは、
それを確認した瞬間、青葉は走った。
(なんで⁈なんで中央鎮守府にレ級が⁈)
「待ってよ、お姉さん。
僕とあ・そ・び・ま・しょ?」
青葉は叫びそうになる口を押え、出口に向かって必死に走った。
彼女は写真に写った人物、レ級の姿とその恐ろしさを知っていた。
何度も戦い、自分と鎮守府の仲間たちを死の淵に追いやってきた化け物。
それ故に、姿を見た瞬間、彼女の頭は死への恐怖で埋まった。
既に潜入と言うのを忘れて全速力で出口を目指して走った。
艦娘の脚力は、全力で走ればボルトよりも早い上に持続するため、普通の人間なら捕まえることは不可能だ。
だが、此処が施設の中で、ユキが相手ともなれば話は別である。
「どうして逃げるの?」
「僕と遊ぼうよ。」
「皆することが無いから暇をしてたんだよ。」
「ねぇ、遊んでよ。」
「やだ、やだ!」
後ろにいる筈のユキの声がいろんな場所から聞こえてくる。
何かがおかしい。
頭の中が恐怖に支配されている青葉は、「逃げる」という事しかできない。
だが、彼女に逃げ場と言うものが無かった。
入ったときには開いていたはずの扉が閉まっており、逃げ場を失った。
「なんで!なんで閉まってるの!開けて、開けてよ!」
「お姉さん」
「ひぃッ!」
青葉は肩をしっかりと掴まれた。
そして、涙を流しながら後ろをゆっくりと振り返る。
そこには、フードで顔が隠れている4人の人影が灯りに照らされていた。
「「「「見~つけた。」」」」
「いやーッ!
……ぁぁ…」
「…あ、気絶しちゃった。」
「やり過ぎた?」
青葉は涙を流しながら気絶してカメラを手放し、4人のユキが囲った。
すると、この部屋の出入り口が開いていく。
そこには咲と、出かけて行ったはずの明石と夕張がいた。
「あらら、横須賀の青葉でもユキちゃんの姿は怖いのね。」
「そうだね。この姿にトラウマがあった感じかな?」
「ガードナーからカメラ共有してもらったけど、余程の反応よ。後で彼に聞いてみるわ。」
「じゃあ、とりあえず医務室に…」
「執務室でいいわよ。その方が話しやすいし。」
「なら、僕は妖精さんたちに仕事再開を伝えてくるね。」
「僕は侵入経路を探してくる。」
「本体は青葉をよろしく。僕は明石たちと作業するから。」
「了解、それぞれ解散。」
「「「はーい」」」
3人のユキはそれぞれ解散し、本体と言われたユキは青葉を横に担ぎ、咲と共に鎮守府へと向かった。
立ち込める炎、漂う硝煙の匂い。
海は赤く、藍黒く染まり、周りを漂う死屍累々。
目前には、自身を睨む青白い眼とピエロの様にあざ笑う顔。
砕かれる脚、垂れ落ちる腕、捻じ曲がる艤装、食い込む化け物の牙。
塵も残らない、大切な………。
………バキッ!
「止めてッ!
………ハァ…ハァ…、今のは夢?」
青葉は飛び起きた。心臓は苦しいほど激しく高鳴り、体は大量の冷や汗を流す。
何度も吸って吐いてを繰り返し、自分の心臓を落ち着かせて部屋を見た。
目の前には知らない部屋の机と本棚。
見える限り机の上は綺麗に整頓されており、本棚には海軍が提督育成のために使用している教科書の初版から最新版、体術(CQC)や剣術といった戦闘術、将棋やチェスの陣形や戦術本などが並んでいた。
左側に目線を移すと、明かりのついた部屋に繋がっていた。
ポットの中の水が沸騰し、「カチッ」というお湯のできた時の音が聞こえたため、給湯室なのだろうと予想する。
そして、右に視線を移そうとすると………
「大丈夫?ひどく魘されていたようだけど。」
「大丈夫で…あ、綾谷元帥ッ!お見苦しいところをお見せしてしまい、失礼しましたッ!」
視線を移そうとした方にいるのは、本を片手に自分の方を向いている咲。
青葉はすぐに体を起こし、シャキッと椅子に座る。
この場所が元帥の部屋だということが分かったが、それと同時に顔は青くなり、冷や汗が止まらなくなる。
潜入は失敗して目標を達成できなかった上に、見つかって元帥の目の前にいるのだ。
口を開こうにも体が強張って動かない。
青葉は自分の最後を悟っていた。
「…肩の力を抜きなさい。そんな状態じゃ満足に話せないでしょう?」
「え…、はい。」
「貴方に何かするつもりはないわ。処罰するつもりもない。」
「何故です⁈私は許されないことをしたんですよ!」
「理由は2つ。
1つは、貴方が自分の知らないことに首を突っ込む性格であり、その戦果は我々海軍に貢献していたから。
もう1つは、貴方の知りたい情報が『工廠長について』だから。」
「何故、私の目的が工廠長だと?」
『貴方の事について、明石から聞いているからですよ。
いつか、何らかの方法で情報を探るだろうと。』
「気配で分かるから、いつ来ても問題じゃあ無かったけどね。
まあ、君のお陰でこの鎮守府の侵入経路が1つ潰せたから、感謝もしているんだよ。」
青葉の後方、先ほどの給湯室から出てきたのは、頭に木の丸いお盆を乗せ、その上に3人分のお茶を乗せてやってきたユキの蛇のような艤装『ルクル』。
その横にはレ級姿でお茶菓子を持ってきたユキと、肩に乗っている
咲がお盆を受け取ると、ルクルは横でとぐろをまき、ユキはお茶菓子を置いて先の横に座り、機械の鳥は青葉の前に降り立つ。
『初めまして、横須賀の青葉。私はガードナー。この鎮守府のセキュリティを管理しているAIです。』
「ご丁寧に、どうも。」
『貴方の潜入は、私のデータにある『伝説の傭兵』や『
しかし、ここでは通じませんよ。』
ガードナーが操る機械の鳥の頭が体に収納されると、カメラのレンズのようなものに変わり、青葉の前に画面を映し出す。
そこには様々な角度から撮られた、青葉の姿が映し出されていた。
「そんな…、カメラは全て確認したのに。」
『これは隠しているカメラの映像の一部と、妖精たちが撮った写真になります。工廠エリアへ侵入してから全てが撮られていますね。』
「最初から、手のひらの上だったんですね…。」
『いつもと同じセキュリティに貴方が引っかかっただけですからね。飛んで火にいる夏の虫、と言うやつです。
それと、妖精たちは遊びで撮っていますから。』
「そう、ですか…。」
遊びで大量の写真を撮られたことに、ショックを隠せなかった。
今まで多くの施設や場所を特ダネのために訪れていた青葉。
情報を集め始めた頃に比べ、徹底的な情報収集と洗礼された動きで潜入し、カメラに映ることなく大きなネタを集めてきたが、こんなあっさりと写真を撮られたのだ。
この鎮守府のセキュリティを甘く見ていたとはいえ、本気ではなく遊びで写真を撮られたことは、彼女にとっての屈辱に他ならない。
いっそのこと、処罰してくれと考えていた。
「しかし、なぜ少しの処罰もしないのですか?」
「この鎮守府は来る者拒まず、来てから対処するのがうちのやり方よ。脅威でなければこっちから手を出すことはしない。
貴方が来る前にどうにかすることもできた。」
脅すように咲は青葉を睨む。
その目は蛇なんて可愛らしいものではなく、姫級よりも恐ろしく、レ級かそれ以上の恐怖を覚えた。
『伝えておきますが、我々にとってこれが普通です。我々はいつでも行動に起こせるという事を忘れないように。』
「覚悟は決めておいてね。まぁ、君の目的なら処罰対象にならないからいいんだけど。」
そう言ってユキは青葉の隣に座った。
さっきの事もあり、少し後ろに引いた青葉だが、ユキはそれ以上にグイッと近づく。
青葉の両肩に手を置いて、避ける青葉を引き寄せるように。
そんなことをされれば、青葉は怖くて涙を流す。
「あ、あの…何か…。」
「聴きたいんでしょ、工廠長について。」
「そ、そうですけど…。」
「ならたくさん聞いてよ。君が知りたい事、沢山答えるからさ。」
ユキに沢山答えると言われて青葉は戸惑った。
自分が聞きたいのは工廠長本人からの回答であって、第三者からによる間接的な回答ではない。
しかし、普段なら話を聞いている内に感づいたり理解したりするのだが、恐怖で頭が真っ白になっている青葉にはそんな余裕はない。
体が震え、声を出そうにも出せない青葉を見て、ユキは少し離れてからポケットから長方形の紙を出して青葉に渡した。
青葉はそれを恐る恐る受け取り、書かれている内容を確認する。
「これは、名刺?『中央鎮守府セキュリティ管理・工廠最高責任者
「はぁ~い、改めまして僕の名前は「猫瀬 ユキ」だよ。驚いたかな?」
笑顔で手を振りながら青葉を見るユキに対し、青葉は名刺とユキの顔を何度も見る。
頭の整理が追い付かない上に新たな情報が入り、情報で頭が爆発しそうになる。
「ユキちゃん、いつ名刺なんて作ったの?」
「作ったのは僕じゃないよ。
ちなみに
「なんてものを…。」
見た目はや触り心地は紙だが、刺さるぐらいに固い名刺の話をしていると、青葉が口を開いた。
「あのッ!『猫瀬』って、呉鎮守府の英雄の名前ですか⁈」
「英雄…か、確かにあの人はそう呼ばれているわ。それは、どこで聞いたの?」
「司令官から聞きました。
また、深海棲艦を従わせる強さを持っていたとか。」
「確かに強さはあったよ。でも、従わせては無い。
戦いを望まない子たち、『穏健派』と呼ばれる子たちを保護していたんだ。」
「深海棲艦を保護…。」
青葉は今まで色々な場所を見てきたが、深海棲艦と共存している場所を見たことが無かった。
「穏健派」と言う言葉も初めて聞いたぐらいだ。
「その話、詳しく教えてもらえませんか?」
「いいよ。と言いたいところだけど、お迎えが来たよ。」
「え、それはd「アオバワレェッ!なぁ~に迷惑かけとるんだッ!」げっ、どうしてここに司令官が⁉」
「ユキちゃんから連絡を貰ったんだ!ここに潜入するなんて馬鹿な事を考えよって。ほら帰るぞ。」
「嫌~!離してください司令官!私は今から工廠長の事と穏健派についての取材が!」
「ユキちゃんの事なら俺が分かる程度で話してやる。今は迷惑をかけた罰として連れて帰る!
しばらく取材は許可しないし、カメラも没収だ!ガッサの監視付きでな!」
「そんなー!」
青葉は米俵のように担がれ、提督もといT督に連行されて行った。
「懐かしいわね。ユキちゃんの事は話したんでしょう?」
「ええ。あの頃の記録も合わせて教えましたよ。教えた直後は雑務をさせていたのですが、もう少し調べると駄々を捏ね続けましたね。ここの青葉からの情報提供のお陰で、すっかりと大人しくなりましたよ。
今じゃ大本営御墨付の取材班ですし、今日も新しい取材に向かいました。」
「あの子も変わったものね。
それで、青葉は今頃どこに向かったのかしら。」
「島を2つ巡るって言ってましたよ~。
佐世保の管轄下にある島と舞鶴の支援を受けている
「佐世保の管轄と言うと…おじいちゃんのところですね。
元気にしているでしょうか?」
「この前、写真付きで手紙が来たわよ。
『娘が増えたぞ~』って。」
「いつか会いに行きたいですね。
もう一つの孤島の鎮守府と言うのは?」
「漣も知らんのですよ~。
ご主人様も知らないそうで。」
「孤島の鎮守府なんて、1度も聞いたことないからな。
一体どこの鎮守府だ?元帥はご存じで?」
T督が咲に聞くと、顎に手を置いて悩みながら答えた。
「恐らく、『アカデミア鎮守府』のことね。」
「アカデミア、何かの研究施設を兼ねた鎮守府ですか?」
「いいえ。あそこは普通の鎮守府に、ある制度を加えただけの鎮守府。
技術はユキちゃんが提供しているから、細かい内容は内緒にしているのよ。」
「それなら無理に聞くのは良くないですね。おや、もうこんな時間ですか。」
「昔話をすると時間が立つのが早いわね。」
「そうですね、では、我々はそろそろ失礼しますね。」
「ええ。帰りは気を付けてね。」
T督と漣が立つと、兎は五月雨の膝の上から漣の方に乗る。
肩の上で空中一回転すると、
それを合図にするかのように、T督と漣は咲と五月雨に敬礼して退出していった。
五月雨は名残惜しそうに敬礼をして見送る。
咲は見送った後、貰ったカーネーションの手入れをする。
本来なら、あのフラワーマスターが完璧な手入れをしているため、咲が手入れをする必要は無い。
しかし、彼女が手入れをするのは別の理由があるのだ。
「五月雨。少し出かけてくるから、留守番を頼めるかしら?」
「分かりました、いつもの時間ですね。
念のためガードナーさんに周囲の警戒を頼んでおきますね。」
「ありがとう。」
咲は五月雨に礼を言うと、優しく頭を撫でて退出する。
五月雨は、撫でられたことを喜びながら、部屋の片づけを始めた。
咲が歩いて向かう先は、大本営の敷地内にある石碑が並ぶ静かな場所。
石碑に刻まれているのは深海棲艦との戦いで命を落とした者たちの名前。
咲がその中の一つの石碑に花を添える。
その石碑には『猫瀬大将ノ墓』と刻まれていた。
「貴方が無くなって、もう五十年ぐらい経つのかしらね。
時の流れと言うのは早いから、私はおばあちゃんになっちゃったわ。」
手を合わせながら、石碑に向かって話始める。
「ユキちゃんは、いつも支えてくれているわ。あなたが育てた子だから心配する必要は無いとけどね。
奥さんたちも元気よ。今度、大和たちが来るからその時にお参りに来ると思うわ。」
少しずつ、ゆっくりと、今まであったことを話していく。
その話の大半はユキの事だが、咲は楽しそうに話す。
アルバムを見ながら思い出話をする母親の様に優しく。
「私はね、あなたの言葉を信じているの。『必ず戻ってくる』って言ったあの言葉。
ありえないようなことを、可能にしそうだもの。」
感情を押さえつけるが、それは次第に溢れ出す。
長々と話したのだ。抑えられるはずもなく、涙が頬を伝っていく。
「だから、せめて私が死ぬ前には必ず帰ってきて。
もう一度あなたに会いたいの。」
涙を流しながら、石碑に向かってこう言った。
「大好きな、私の先輩。」
咲はそう言ってこの場を後にする。
その時に吹いた潮風は、どこか優しく暖かいと感じた。
今回は前作のプロローグをリメイクしました。
原点であるこの話、前後合わせて5000行かないぐらいで書いてたんですよね。
成長したんだなって感じます。
前作になかった(出せなかった)要素もどんどん書いていく予定です。
次回は大和たち~と言いたいですが、流石に早すぎるのでもう1.2話挟んでから書こうかなと思います。
地下のあれ、明石しか使ってないから丁度いいなと。
もしかしたら外伝を先に出すかもしれないです。
では、次回をお楽しみに。