「幻想郷か」
「ええ。懐かしい響きでしょ、『栄守』」
遡ること、二日前。外の世界のとある神社にて。
世界滅亡ゲームを仕掛けたメラを退け、「自身が忘れられた世界」へと戻った男は、目の前でくすくすと笑う少女に笑みを返した。
「ああ。まさか、自分が入ることになるとは思わなかったよ」
「ええ。あなたは『願いを叶える神様』として、少しは信仰があるようだけど…。
『あなたという1人の人間』は、完全に人々の記憶から消えている。
ここの巫女と、未来の方々を除いて。
であれば、存在しない存在…、つまりは『幻想』として識別されるのは、当然のことではなくて?」
言って、少女…八雲 紫は男の胸部を、細い指で突く。
紫がこの神社へと足を踏み込んだ理由。
ここに祀られている「忘れ去られた神」を、忘れられた者たちの楽園たる幻想郷へと誘いに来たのである。
神である身の男としても、メリットのない話ではないはず。
紫のそんな推察に反し、男は首を横に振った。
「俺はここから動くつもりはない」
「…『創世の力』があるからかしら?」
「もちろん、ソレもある。
ただ、それ以上に…」
男は括り付けられた絵馬の一つを手に取り、優しげに微笑む。
その絵馬には、「世界平和」とだけ書かれていた。
「やりたいことがあるからな。
それが終わったら考えるよ」
「残念。どれだけ経っても、女のフり方は変わらないのね」
「そっちこそ。どれだけ経っても、回りくどい誘い方は変わってないな」
「趣があると言ってほしいわね」
紫が言うや否や、石が擦れる音が響く。
2人がそちらを見ると、白と黒のドレスに彩られた少女が、竹箒を携えているのが見えた。
「もうそんな時間だったのね。
…せっかくだから、おみくじでも引いて帰るわ。また来るわね、新米神様」
「ああ。次来る時は、そっちの団子屋の団子でも供えてくれ」
「考えておくわ」
言って、紫は踵を返す。
男…浮世英寿はそれに対し、軽く手を振って見送った。
♦︎♦︎♦︎♦︎
その翌日。
英寿は今日も今日とて、括り付けられた絵馬を一つ一つ読み、笑みを浮かべていた。
神社の絵馬に書くにしてはどうかと思うような願い事もちらほらと見られるが、英寿にとっては叶えるべき願いの一つ。
顔を少しも歪めることなく、絵馬を読み込んでいく。
そうして時間を潰していた、その時だった。
すぅ…っ、と、空間を切り裂くように、大量の目玉が佇む穴が開いたのは。
「紫。あまり目立つ登場はよせ。
ツムリに見られたら…」
その現象…「スキマ」を引き起こせるのは、八雲 紫ただ1人。
英寿はスキマの奥にいるであろう紫に苦言を放ちかけ、止まる。
おかしい。町外れとはいえ、紫がこんな人目につく場所でスキマを開くだろうか。
2000の時を生きた経験からくる違和感に、英寿は鐘の音と共に、腹部にカメラのような形をした物体…「デザイアドライバー」を顕現させる。
「おぉっと、さすがは妖怪の賢者…とでも褒めておくべきか。
普段から周到だったんだろうねぇ」
スキマの奥から響いた声に聞き覚えがあることに気づき、英寿はさらに警戒心を強めた。
かつて、浮世英寿を四つに分け、世界を滅ぼした男。
英寿にとって、忘れられない敵の1人。
「神殺しのメラ」が、そこにいた。
「…神殺しのメラ。
未来へと強制送還されたはずのお前が、どうしてスキマから出てきた」
「おいおい。質問したらなんでも素直に答えると思うか?
…って言いたいとこだが、気分がいいから教えちゃう」
片手で白と赤で彩られた物体を握り、並々ならぬ圧をかける英寿。
それを前に、メラは飄々と言葉を続けた。
「簡単なことさ。脱獄してきたんだよ。
一回のゲームオーバーでやりかけのゲームをほっとくようなガキじゃないのさ」
「また、この世界を滅ぼす気か?」
「ざっつら〜いと!…って言いたかったけど、今すぐってわけじゃあな〜い。
今回はちょっとしたご挨拶ってやつさ。
『シキガミ』…だっけ?このカビ臭い術の名前。
古代人が考えた割には、なかなかに便利だ」
式神。そんなもの、前は使えなかったはず。
それも、自分と瓜二つの姿へと変化出来るように仕立てるなど、紫と並ぶ芸当である。
ある程度の知識を収めている英寿ですら愕然とするようなことをやってのけたメラは、尚もふざけた態度を崩さずにいた。
「ま、コンティニューするっつっても、俺もバカじゃあない。
やり直しても、お前…、いや。お前たちみたいな『仮面ライダー』が相手じゃ勝てねーってのは十分わかってる。
マジでやべーって思ったよ」
────だから、ちょっと力をつけることにしたのさ。
メラは言うと、スキマに隠れた足元に手を突っ込み、何かを引っ張り出す。
妖しげな魅力を持つ、金色の髪。
それに見覚えがあることに気づいた途端、英寿はすでに失った血液が沸るような感覚に襲われた。
「おいおい、キレすぎだろ。
ま、コイツはかつての『家族』だもんなぁ、『八雲 栄守』!!」
メラに髪を掴まれていたのは、つい先日、話をしたばかりの紫だった。
意識を失っているのだろう。
紫の顔は力無く垂れ下がろうとしており、メラが乱暴に掴んだ髪が、それを許さない。
身体中には血の跡が滲んでおり、かなり一方的に叩きのめされたことが窺える。
英寿はかつてないほどに表情を険しいものへと変え、ドスの効いた声を放った。
「……おおかた、デザグラの運営からデータを奪ったんだろ?」
「正解。ついでに、幻想郷、博麗の巫女…。
いろいろ利用できそうなモンを見つけたからさ。
あーんな辺鄙な場所で腐らせとくより、俺が利用してやろうと思ってね」
「幻想郷に手を出す気か…!!」
英寿の問いに、メラはとうとう我慢ができなくなったかのように吹き出した。
「花丸満点大正解!流石は俺が殺せなかった神だぜ!!
…まぁ、八雲 紫が俺に倒され、力を奪われた今、お前に出来ることはなにもない。
幻想郷の外で、せいぜい指咥えて見てろよ。
大事な家族が守ろうとしてた理想郷が、俺によって滅ぶ様をなぁ!!」
その言葉を最後に、スキマが閉じていく。
英寿はそれを止めようとするよりも早く、スキマはその場から完全に消え去った。
残された英寿は、悔しげにスキマがあった場所を睨め付けた。
「お前が作る世界なんて、忘れるに限る」
英寿は言うと、どこからともなく黒と赤で彩られたバイクを顕現させ、それに跨った。
デザイアグランプリルール
何者も、メラに勝つことがあってはならない。