その頃、幻想郷の地下深くに鎮座する「地霊殿」にて。
尻尾が2本ある猫を膝に乗せ、応接室の椅子に腰掛けた袮音は、出された緑茶を啜る。
その向かい側では、顔にある双眸のほかに、もう一つの目玉を周囲に浮かせた少女が、同じように茶を啜った。
「…ふむ。なるほど。幻想郷のこと、『黄色の鎧を纏う、黒ネコの仮面を被った戦士』のこと含め、本当に何もわかっていない…、いや。
メラという男に因縁こそあれど、この異変には関与していないわけですか」
「ホントに何も言ってないのにわかるんだ」
「まあ、さとり妖怪ですし」
彼女の名は、古明地 さとり。
この地霊殿の主人たる「さとり妖怪」である。
人の心が読めるという彼女に臆することなく、袮音は素直に賛美の声を贈る。
それに対し、さとりは少しばかり面食らったようで、目を丸くした。
「…すごい、ですか。なんというか、年相応には見えない思考回路ですね」
「実年齢はまだ小学生くらいだしね。
生まれた時にはもう小学生くらいだったし…なーんて」
「………『居ないはずの存在』ですか。
難儀な生まれですね、お互いに」
さとりの能力は、相手の深層心理までもを読み取ることができる。
口では飄々と言っているものの、あまりの情報量に理解が追いついてない。
袮音の壮絶な人生経験に同情を向けつつ、さとりは軽く息を吐く。
「…ところで、前はどうやってメラを退けたんですか?
そこだけがどうしても読めないので、気になって仕方ないのですが…」
「んー…。私も覚えてないなぁ。
なんていうんだろ…。思い出そうとするたび、そこにあった大事ななにかが、すっぽり無くなっちゃった感じするんだよね」
「……確かに、『そこだけがハサミで切り取られた』かのように、あなたの記憶は少しばかり読みにくいです」
「読んでいて気持ちのいい記憶なんてありませんが」と付け足し、ふぅ、と息を吐くさとり。
本来、さとり妖怪は本人が忘れている記憶だろうと読むことができる。
だが、袮音に限っては、記憶の一部が不自然に切り取られており、さとりでもその部分を認識することができなかった。
「せめて、記憶を十全に見ることができれば、メラの対策もできると思ったのですが」
「同じ方法で勝てるとは限らないと思う。
今回なんて特に。
『私たちを放り込んでも大丈夫だ』と思えるくらいに勝算があるんじゃない?」
袮音の意見に、さとりは辟易のため息を吐く。
心を読み、相手の傷を抉る。
さとり妖怪の戦闘は、博麗の巫女をはじめとした圧倒的な力には通じない。
幻想郷を滅ぼすと宣ったメラの真意を読めない以上、自分が動いてもどうにもなるまい。
そんな諦めを吐き出すように、さとりは口を開いた。
「そうですね。いくら分散させたとはいえ、わざわざ脅威を招いている意図としては、『いてもいなくても変わらない』というのが妥当かと。
言い方を変えれば、『遊んでいる』と見ていいでしょう」
「前にそれで負けたのに、ちっとも懲りてないってわけかぁ…」
ベロバといいスエルといい、未来人はキューンやジーンを見習った方がいい気がする。
未来人の中でも特に横暴且つ迷惑極まりない一例を思い浮かべつつ、袮音が呆れを吐き出していると。
唐突に、袮音の膝の上に乗っていた猫が、唐突にそこから降り、唸り声をあげた。
「しー…っ」
「…お燐ちゃん、人が来たの?」
「いえ。近いですが、人でもなく、妖怪でもない。ましてや神でもないそうです。
袮音さん、腰当てを」
『DESIRE DRIVER』
『ENTRY』
人でもなく、妖怪でもなく、神でもない者。
となれば、答えは限られてくる。
袮音が腰にIDコアを装填したデザイアドライバーを巻くとともに、扉が崩れる。
そこに佇んでいたのは、廊下を埋め尽くすジャマトの群れに、以前メラが従えていた強化個体…オパビニアジャマト。
さとりが一歩下がるのに応えるように、猫…火焔猫 燐が人に近い姿となり、弾幕を展開した。
「お燐、まかせます。相手が意志なき傀儡である以上、私は無力ですし」
「わかりました。
…にしても、こいつらの死体はちょーっと持ち去る気になれないねぇ」
「も、持ち…?え?
……いや、今は気にしない…!」
『SET』
「死体を持ち去る」という言葉に困惑しながらも、袮音は鍵盤を模したバックル…ビートレイズバックルをドライバーの右側に装填する。
すると、下がったさとりの眼前に、『BEAT』の文字が浮かび上がった。
袮音はレイズバックルの鍵盤部分を軽く叩き、軽快な音を鳴らす。
これは、覚悟を決めるためのビート。
これから変わる自分へと、意識を変えるための儀式。
振るわれた斬撃を、威嚇する猫のように構えた手で受け止め、袮音は叫ぶ。
「変身!!」
ジャマトの剣をいなし、バックルに付いたディスク部分を指でスクラッチする。
と。ベルトから離れた音符がジャマトを弾き飛ばし、文字を穿つ。
そこから構築された鎧に、展開された機械腕が伸び、袮音の体を覆う。
同時に、金で縁取られた黒猫を模した仮面が、袮音の可愛らしい顔を隠した。
『BEAT』
『READY FIGHT!』
仮面ライダーナーゴ、ビートフォーム。
「音」にさまざまな効果を付与し、周囲に多種多様な影響を与えることを得意とした形態である。
ナーゴはギターを模した戦斧…拡張武装「ビートアックス」を構え、ジャマトを横薙ぎに弾き飛ばした。
「……あんたの死体は持ち去り甲斐がありそうだねぇ」
「お燐ちゃん!?」
『METAL THUNDER』
口を滑らせた燐に叫びつつ、ナーゴは雷撃でジャマトたちを焼き払った。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「はぁー…。タフすぎんだろ、あのジャマトって植物…」
その頃、地上にて。
ジャマトを退けた英寿と霊夢に向け、息の切れた魔理沙の弱音が飛ぶ。
予想外に時間がかかってしまった。
魔理沙はひりひりと痛む手首を撫で、「いてて…」と顔を歪ませる。
「なぁ、英寿ぅー。
その装備、私らにもくれよー。
お前に願ったら、なんでも叶うんだろ?」
足早に獣道を進んでいく英寿に向け、魔理沙が軽く頼み事をするかのように声を上げる。
それに対し、英寿は険しい表情を浮かべ、首を横に振った。
「本気の願いじゃない限りは無理だな」
「割と欲しいとは思ってんだけど、それじゃダメか?」
「興味やいたずら心が透けて見える。
俺から見れば、本気とは思えない」
「…ちぇっ。ケチな神様だぜ」
本心を見透かされたのが気に障ったのか、悪態を吐く魔理沙。
魔理沙も別に、本気で欲しいと思ったわけではない。
そもそもの話、幻想郷において「強さ」という尺度は意味を持たない。
実力差を埋めるために設けられた「スペルカードルール」がある以上、力を求める意味は薄い。
英寿の言うとおり、魔理沙がデザイアドライバーを求めたのは、軽い知識欲を満たすためであり、本気の願いとは言い難かった。
魔理沙が英寿に向け、不貞腐れた表情を向けていると。
少し前から、足音が響いた。
「…ライダー…、いや、ジャマトか?」
「どっちでもいいわ。倒せばいいだけよ…って、英寿?」
魔理沙と霊夢が構えを取るのに対し、英寿はデザイアドライバーを腰に巻くことなく前に出る。
2人がそれに怪訝な表情を浮かべていると。
なんとも軽い印象を受ける服装の男が、茂みを掻き分け、姿を見せた。
「来てくれたか、パンクジャック」
「神様になっても元気そうだな、英寿。
カワイコちゃん2人も侍らせちゃってよ」
パンクジャック。
そう呼ばれた男…、本名「晴家 ウィン」は笑みを浮かべ、英寿と握手を交わした。
どうやら、英寿とは知り合い…それも、気の置けない間柄らしい。
2人は訝しげな表情を浮かべながらも、互いに獲物をしまった。
「今は自己紹介の時間も惜しい。
なにか収穫はあったか?」
「あー、それなんだがよ…。
予想以上にヤバい状況だ。野郎、旧デザグラのシステムを丸ごと奪いやがった」
「んなっ!?」
「はぁあ!?」
「やはりか…」
話に聞いていただけの霊夢たちも、その情報が持つ意味を悟り、素っ頓狂な声をあげる。
デザイアグランプリのシステムは、他人の願いと引き換えにあらゆる願いを叶える装置…「創世の女神」を抜きにしても、常識を遥かに逸脱している。
それこそ、運営の匙加減一つで、世界に破滅と混沌をもたらすほどと言えば、その危険性がよくわかることだろう。
ただでさえ、ゲームマスターが仕掛けた「終幕のデザイアグランプリ」により、既存の人間社会が崩落しかけていたのだ。
幻想郷のパワーバランスを崩すなど、システムを以てすれば、赤子の手をひねることよりも容易い。
「で、でも、英寿は一回勝ってるんだろ?
だったら…」
「バッドニュースその2。
旧運営のシステムの中に、『黒いツムちゃん』のデータがバッチリ残ってた」
「……つまり、向こうにも『創世の力』があるというわけか」
「はぁああっ!?!?」
どうしようもなく詰んでいる。
霊夢があまりの衝撃に素っ頓狂な声を上げる横で、魔理沙がため息を吐いた。
「英寿。まさか、助っ人がこの『悪い知らせしか持ってこない野郎』だけとか言わないよな?」
「いや、まだ何人か…」
「バッドニュースその3。
タイクーン、ナーゴ、バッファ、キューンの4人が行方不明。
十中八九、メラの仕業だろうな」
「……最悪な形で先手を打たれたな」
「ちょっと!悉く手を潰されてんじゃないの!!」
霊夢の怒鳴り声を横に、英寿は険しい表情を浮かべ、思考を巡らせる。
まだ負けてない。ここから勝利を手繰り寄せる方法が、必ずある。
諦めを見せない英寿に向け、ウィンは神妙な面持ちから一転、笑みを浮かべた。
「んで、こっからがグッドニュースだ。
『保険』、持ってきたぜ」
言うと、彼は懐から白と赤で構築された光線銃を取り出した。
デザイアグランプリルール
動物ライダーには、スコアに応じて専用強化バックルが与えられる。